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2004.05.08

PC-8001の登場から四半世紀[更新]

以前、ここで紹介したTOKYO FM、「AVANTI」が放送されました。

今回はパソコン関係の話題が中心でしたが、その理由は今日がPC-8001の誕生からちょうど25年目にあたるから。

実は私がやたらとエントリーをして宣伝していたのは、私の話よりもマイクロソフトの古川享氏の話を聞いて欲しかったから(氏が登場することを書いていいのかわからなかったので、あえて伏せておきました)。

さすが古川さんの話はおもしろく、PC-8001のプロトタイプが実は真っ赤だったとか、テンキーのかわりに16進キーがついていてテンキーにした方がいいと進言したが、除算(割り算)のキーだけ入りきらなくって左手で押す仕様になっていたとか...ビル・ゲイツは指2本でタイプしているとか、おもしろい話が満載でした。

他にはMac関係の話で私、インターネット黎明期の話でYahoo! Japanの小野澤忠仁さん、黎明期のパソコン文化の話で本田雅一さんが登場しました。

この回のサマリーはこちらに掲載されています

さて、実は私も最初に買ったパソコンはPC-8001でした。

いとこの影響でパソコンに興味はあったのですが、なかなか触る機会がない。
そんなところ中学校で1クラス1人の放送部の座を奪い合った親友がMZ-80Kを持っていることを知り、よく遊びにいきました。それから彼に秋葉原と言う街の存在も教えてもらいました。
当時はパソコン(マイコン)なんて持っていないナイコンが当たり前だったので、秋葉原にはパソコンを自由に触れるように解放している店がたくさんあって毎週末のように通っていましたね。

実は最初、かなり目移りしていたのですが、いろいろ調べるうちに、NECがよさそうだということになって、ラジオ会館にあったBit-Innというショップ+ショールームに通いまくって、それでも最初はCOMPO/BS 80というマシンが欲しくてそちらを買おうとしていたのですが、結局はPC-8001を買うことに決めました(正確には親に買わせました)。

COMPO/BSといえば電源が本体の正面に鍵がついていて、それが電源になっていて、あの鍵にあこがれを感じていました(だから、Macでも鍵付きのQuadra 900シリーズが出たときはかなり欲しかったのですが、結局、鍵付きパソコンには縁がなかったようです)。

かなり、悩んでいたためPC-8001の購入はずるずると遅くなってしまったのですが、実はそれがちょっとラッキーで、私が買ったPC-8001はちょうどN-BASICがバージョン1.0から1.1に切り替わった直後のモデル。バージョン1.0では、BASICプログラムの打ち込み中に問題がおきることがあったようですが、私は最初から問題解消済みのバージョン1.1でした(どういう問題だか覚えている方は、ぜひコメントに書き込んでください。私はなんとなく覚えています)。

購入価格は忘れもしない定価の16万8000円で、Bit-InnはNECの看板もあってか本体の値引きはしてくれなかったのですが、その代わりおまけとしてアスキーのPC-8001用のセット(ソフト数本が入ったカセットと本のセット)をつけてくれました。実はそれが「アスキー」との最初の出会いかも...

当時はNECのBIt-Inn以外にも、秋葉原にいくつか自由にパソコンを触らせてくれるところがあって、土日ともなるとそこにナイコン(パソコン=マイコンを持っていない人)に加えて既にパソコンを持っている人も集まってくる。
 既にパソコンを持っている人は占有しているパソコンのデスク横に10とか15本入りのカセットケースが置いてあるのが目印で、例えばPC-8001の横にカセットケースを持っている人がいると、その横にPC-8001ユーザーが集まってきて、一言、二言挨拶を交わしてからお互いに持っているソフトを見せあって、持っていないソフト同士の交換が始まる。なんとも異様な光景だけれど、これがP2Pの元祖かもしれませんね(笑)。

今、P2Pと言うと「著作権の敵」、というイメージが強いけれど、当時、交換していたプログラムのほとんどは雑誌にリストが掲載されていたもの。つまり、雑誌を買ってわざわざ全国のパソコンユーザーがそれを入力し直すか、それともお互いに入力したものを交換しあって手間を省くかだけのことでした。当時はまだそれほど著作権が大きな問題として取り上げられることはありませんでしたが、Apple IIの互換機がOKかとかそこいらへんで海外では少し話題になっていた気がします。日本で当時、一番印象に残っている著作権がらみの事件と言えば、どこかの出版社がPC-8001のROMのソースコードを印刷した本を出した、という事件でした。

月刊アスキーは、リストを掲載したプログラムを「テープアスキー」という形で販売もしていたけれど、ちゃんとパッケージ化(白い箱に銀色)はかなり後、表参道アドベンチャーというゲームが出てきた頃で、その前はたぶん、注文してからダビングして送ってくれていたんじゃないかと言うほど。打ち込むのが面倒な人から、せっかく打ち込んだデータがあるんだからテープを売って欲しい、と言われて、いやいややっているんじゃないかという雰囲気すら漂っていました。

PC-8001のテープからの読み込み速度は600bps程度、例えば文字データー等を読み込ませて端から表示させていけば、読むスピードが追いついてしまう程度だ。でも、声に出して読み上げると間に合わないくらいのスピードですーー今日のあのラジオ放送の早口ぶりを聞くところ、たぶん、私の話し方は500bps程度かな(笑)!?

とにかく、そんな形で、その当時はいろいろなところにお世話になった。秋葉原のBit-Innはもちろんだけれど、それ以外にも中学時代住んでいた成城の文具店、モナードでもFM-8を使わせてもらっていたし、キヤノンのZERO ONE SHOPは3店舗で常連になっていた。

MacTreeさんのところの「林檎いとしや」で高校生ながらDynaMac発表会の招待状をもらった、と書いたけれどたぶん、これもZERO ONE SHOP関係だと思います。ちなみにこの発表会、1人で行くのは怖いからと、たぶん、ここでコメントしているChagamaも誘ったはず!?学生服でシャンパンをもらっていいものか相談した気がするけれど、どうだろう?>chagama

そうそう、パソコン、特にMacの昔を懐かしみたい方、来週の水曜日にビル・アトキンソンの講演がありますが、まだ今からでも申し込みが可能みたいです...
http://www.vanfu.co.jp/bill_atkinson/

AVANTI、来週の放送も楽しみです。

5月 8, 2004 パソコン・インターネット |

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コメント

聴きましたよ。
なかなかいい感じでしたね♪

私も小学校の時にPC-8001を友人宅で触らせてもらった記憶があります。もっぱらゲームばかりですが…。
あとTOWNSとか誰がCMやってたかと言う話には頷きながら聴いてました。(^_^;

投稿: よー | 2004.05.08 18:14

Nobi PC-8001購入秘話、聞いたような話ですな。
私と出会う前ですな。うひ。

投稿: ちゃがま | 2004.05.08 19:24

よーさん、私もこの時代に鍛えていたおかげで
2、4、6、8、スペースの操作がやたらと得意なんです。
武田鉄矢は六本木パソコン(=PC-6601)、こちらもやはりちょうど20年前の機種ですね。

今、あの変わり果てた六本木に似合う六本木パソコンはなんでしょうね?

最近はそうでもないですが、六本木ヒルズの会員制ライブラリー、1〜2月頃まではカフェがある側にいる人はMacかLet's Note、反対側のシーンと静まり返ったStudy RoomはやたらとThink Padユーザー率が高かった気がするんですが、気のせいでしょうか?

投稿: nobi | 2004.05.08 21:26

ご出演、おめでとうございます。大の NEC ファンだった私も、Bit-Inn に入り浸って新製品発表を心待ちにしていた日が思い出されて懐かしかったです。ただ、Mac Portable ファン and オーナーとしてはバッテリの持ち時間についてのくだりはいただけません(^_^;)。実際には 12 時間、もちました。電源がとれない場所でも徹夜の作業が可能で、幾度となく助けられました。ちなみに東海岸に飛んでも余裕で仕事がこなせる持ち時間…という売り文句だったと記憶しています(PBG3 のダブルバッテリ、PBG4 でも似たような言及がありましたね)。

投稿: sumim | 2004.05.08 21:26

sumimさん、ご指摘ありがとうございます。Portableは金額的に視野に入ってこなかったので、すっかり記憶から欠落していました。そうですよね、最初のバックライトなしモデルは特に長持ちしたんですよね。
しかし、よく考えたら12時間ってiPodのバッテリーが切れてもPortableはまだ使い続けられる計算ですよね。恐ろしい。

投稿: nobi | 2004.05.08 21:43

落雷で爆発したアンバーディスプレーが懐かしい(笑)。

投稿: Kiyotaka | 2004.05.09 01:36

爆発していない、いない。今でも実家でちゃんと動いています(笑)
爆発と言うか、壊れたのはPC-8001をテレビにつなぐアダプターです。成城時代、家のすぐ近くに落雷して、その時、電話機とテレビアダプターが壊れました。それからその後、しばらくはPC-8001本体の白い部分を触るとちょっとピリピリきました...

投稿: nobi | 2004.05.09 02:32

あれ?爆発しなかったっけ。
そっか壊れたのはRFの方か。

あの当時はPC-8001、PC-6001、MZ-80K、VIC-1001、apple Ⅱと同じ機種を持ってる人がいなかったなぁ。

投稿: Kiyotaka | 2004.05.09 04:03

そういえばMacの日本での発売当時、林が新宿のCSKで実機を触ってえらく感動していたのが記憶にある。さすがに当時は買える値段じゃなかったなぁ……80万円くらいしなかったっけ?

投稿: Kiyotaka | 2004.05.09 04:07

新宿CSKも懐かしいね。どこが一番最初かはわからないけれど、その後、新宿ではNSビルに通いまくったなぁ。たぶん、DynaMac表会招待状が送られてきたのもここの関係かな、と思っています。
あとはお茶の水、Studio Sessionの衝撃は今でも忘れられない。MacGolfもプレイしてみるとつまらないけれど(笑)独特の趣きがあったよね。
実は田園調布商店街にもゼロワンショップがあってここも通いまくった。
それから平方義夫のところにApple II-j plusがあったんだよね。disk ][はなかったけれど。PR#6とか入力していたのを思い出します。

投稿: nobi | 2004.05.09 04:20

そう、何度も書こうと思って忘れてしまっていたんだけれど、昔はこういうじっくり座ってパソコンをいじれるショップがマイコン少年達を育てる非常に重要な役割を果たしていたと思います。

ショップと仲良くなったナイコン君は、「じゃあ、店頭デモをつくってくれない」なんて話を持ちかけられたりもして。こういうショップには感謝しないとね(そういう意味では成城のモナードとか、玉川高島屋の前にあったTandy Radio Shackにも感謝しているかもー笑)

秋葉原にもMacを置いてあるショップがたくさんあったけれど、俺はほとんどお茶の水のゼロワンショップですませてしまっていたなぁ。別に本体が買えるわけではないので、それならゆったりと触れた方がいいという考えで。だからMacを触るようになってから秋葉原とは疎遠になっていったのかも。

今、こうやってゆったりと座ってパソコン本体が触れるところと言うと、AppleStore Ginzaくらいしか(私がしっている範囲では)ないので、そういう点でもASGは偉大だと思う。

投稿: nobi | 2004.05.09 04:34

モナード……そんなとこあったな。

PC-6001やVIC-1001登場前のマイコンってすごく高くて、しかも今みたいにデモ機なんてのがあったわけでもないはずなのに、よく中学生とかに触らせてくれたよなぁ。俺なんて原点はカシオのプログラム電卓FX-502と602だよ。
http://www.tok2.com/home/kim/den/502p.html

今になって考えると、テープアスキーとかI/Oのテープサービスって3000円くらいしたじゃん。20年以上前の3000円って中学生には大金だったな。だから雑誌のリストを一生懸命入力したんだもんな。

投稿: Kiyotaka | 2004.05.09 06:28

FX-602Pのページもあった。
http://www.asahi-net.or.jp/~ey5k-myhr/fx602p.htm

後継機の603Pが今でも買えるというのは知らなかった。ちょっと欲しくなってきたぞ~(笑)。

投稿: Kiyotaka | 2004.05.09 06:49

本格的にヒットしたFX-702Pの前だね...
カシオと言えば、モナードはバブルメモリー採用の富士通のFM-8だけでなくってカシオのFPシリーズも扱っていたんだよね

投稿: nobi | 2004.05.09 11:04

おおぅ。なんか話が進んでますな。

新宿NSビルのショールームは、ガッコ帰りによく行ったねぇ。
パソコンじゃないけど、置いてあった OASYS に小説ぽいものを
毎回ちょっとずつ連載してたら、読者(?)から感想が保存されてたりしたのが記憶に・・・。

お茶の水のゼロワンは行きましたねぇ。
その後の専門学校の課題で、Prolog とか SmallTalk 調べるのに、
日本ではまだそのへんの処理系動いてるマシンがなくって、
Macで触ったり。(UIは言語自体の特性とは関係ないけど。)

あとは地元のショップになるので、わかる人は少ないだろう。
ムラウチとかセキドとか・・・。

投稿: ちゃがま | 2004.05.09 12:23

nobiさん、こんにちは。
フットサルやアスキーでお会いしたライターの石井です。

なんだか懐かしい話ですね。
僕も最寄り駅が成城学園前だったので、モナードとか
(ここでカシオのポケコン買ったのは中学生
のときだったかな?)、玉川のタンディラジオシャック
とか行ってましたよ。TRS-80とかの時代はフロッピーが
高級品でしたからねえ。nobiさんとどこかですれ違って
たかもしれません。

最初に買ってもらったマシンはPC-8001mkIIでした。
確か小4のときに友達が初代MZ-80Kを買ってもらってた
のですが、当時はなにもわからず、モニタ画面
(BASICロード前)のプロンプトに直接
BASICのリストを打ち込んで動かないとか
いってた記憶もあります(笑

投稿: fighting | 2004.05.09 13:27

うわぁ、5/4の「AVANTI」の記事を今頃読みました。
実は昨日のAVANTI、車の中で聴いてました。
いやぁ、ホントに面白い内容で、しばらく車を降りずに聴いてました。
途中で電話がかかってきてしまって最後まで聴けなかったのが残念。

お話を聴いていて、Nobiさんみたいな方がいらっしゃるなぁとか思っていたのですが、まさにご本人だったのですね(^_^;)

投稿: ゆき坊 | 2004.05.09 20:48

石井さん、そうなんですか!もしかして砧中ですか?(笑)Tandy Radio Shackはいつの間になくなっちゃったんでしょうね?Tandyは日本では売れたんですかね?MZ-80Kのローダー画面にBASIC、私もやりました。クリーン思想、なんとなく良さそうだとは思いつつも、テープベースでやっている姿はいかにも面倒くさそうだった。でも、PCG(by HAL研究所)いらずのMZ-80Bはちょっとうらやましかったです(笑)。

ゆき坊さん、早口で失礼しました(笑)

投稿: nobi | 2004.05.10 02:02

nobiさんへ
 はい、砧小→砧中です。ひょっとしてnobiさんは
先輩になるんですか? PCGも懐かしいですね。
そのMZ-80Kを持っている友人があとでPCGを買ったんですが、
PCG買う前に無理矢理PCG対応ソフトを動かすと、
ゲームのキャラクターとかが全部カタカナとかに
なってシュールでした(笑

投稿: fighting | 2004.05.10 11:27

おー、石井さん、やっぱり砧中(笑)
私もここに書き込んでいるkiyotakaも砧中です。有名な人で言うと松田洋治さんと同じ学年です。
http://www.h5.dion.ne.jp/~youjimat/
彼は当時、「なっちゃんの写真館」(@NHK)とかに出ていたのかな?

いずれにしても、今度、石井さんと会うときは「こばひろ」先生(担任)とか元オフコースのメンバーだった吉岡先生とかの話ができそうですね(笑)

私は小学校は転々と変わっていますが、卒業したのは明正です。ただ、砧小には剣道教室だかで通っていました。MZ-80Kを持っている友人は砧小のすぐ近くに住んでいました。
なんだか、同一人物の話をしているような気がして恐いのですが、もしかして石井さんのMZ-80K友達ってイニシャルがY.O.だったりします?

他の方々へローカルな話題でスミマセン。ただ砧中って校庭の隅に古墳があったりとなかなかおもしろい学校です。

投稿: nobi | 2004.05.11 00:07

nobiさんへ

こばひろ先生懐かしいですね。僕の担任で、いろいろ
なことを教わりましたよ。

>MZ-80Kを持っている友人は砧小のすぐ近く
>に住んでいました。
>なんだか、同一人物の話をしているような気がして恐い
>のですが、もしかして石井さんのMZ-80K友達って
>イニシャルがY.O.だったりします?

ずばりその通りです。確か妹さんとお兄さんが
いましたよね。Y.O.君は私の同級生で、
ルービックキューブを3分を軽く切るタイムで
クリアしてたり、とにかく頭がいいやつでした。
いやー、奇遇というかなんというか、びっくり
しました。まあ、当時MZ-80Kをすぐに買って
もらってた小学生ってそんなにいないとは思いますが。
彼の父親の会社に遊びにいって、部品をいろいろ
もらってなんか作ったりした覚えもあります。
当時は初歩のラジオとか読んで、エレクトロニクス工作
も結構やってました。

今度お会いしたら、是非昔話に花を咲かせましょう(笑

投稿: fighting | 2004.05.11 01:53

mixiのような展開だな(笑)。
そういえば陽一郎には弟いたもんな。ってことは石井さんは2~3つくらい下なのだろうか(弟の年齢はかなり記憶があいまい)。

80Bは横向きのカセット装填がカッコよかった。でも、マシン自体は鬼っ子だが。

投稿: Kiyotaka | 2004.05.11 03:48

Kiyotakaさん

 はじめまして、砧中後輩の石井と申します。

うっかり、友人がY.O君って書いてしまったんですけど、
よく考えたら、僕の同級生っていうのはY.Oさん
(陽一郎さん)の弟になるわけですね。
たぶん3歳下ってことになると思います。彼のイニシャルは
H.Oでした。ちょっと記憶がごっちゃになってました。
彼の名字って珍しいですよね? なんか怖そうな
イメージで(笑

でも、彼も引っ越してしまって、連絡先がわからず、
もう20年くらいあってないことになりますね。

投稿: fighting | 2004.05.11 08:28

Y.Oの消息や近況は林さんがそれなりに知ってます。
私は個人的に絶縁しているので知らない(笑)。

ちなみに私の3年のときの担任は吉成(字合ってるのか?)、2年の時は三崎(字合ってるのか?)だったような気がするのですが、1年は誰だったのだろう(うちの教室は僻地だったからなぁ)? あと記憶にある先生というと、こばひろと原島と泉滝(字合ってるのか?)くらい。数学は誰だったのだろう?

投稿: Kiyotaka | 2004.05.11 11:13

そういえば、昔はマイコン専用カセットテープ
http://homepage1.nifty.com/mkx/tape/maxell.htm (の一番下)
なんてのもあったなぁ。これよく買った記憶がある。
昔はデータレコーダーとテープの相性も重用だった。
デッキごとに微妙に再生速度が違ったりするんだよなぁ。AIWAかどこかがテープスピードを微調整できるデータレコーダーを発売していた気もする。

投稿: Kiyotaka | 2004.05.17 03:06

CP10、懐かし過ぎ。
でも、俺は安く買ってきた60分テープとか90分テープばかり使っていた。プログラム読み込み用のデータレコーダーも2〜3種類持っていたなぁ。

そういえば昔のパソコン雑誌はプログラムが録音されたソノシートがついていたりしたよね

投稿: nobi | 2004.05.17 03:24

データレコーダーの定番といえば、やはりコレ「PCC-6082」だよなぁ。
http://www.altia.ne.jp/ALTIA_MUSIEM/pasokonmuseum/@altia_museumpasokon.htm

ビッターズにも出品されてるのを見つけた。
http://www.bidders.co.jp/item/31446473

ソノシートもあったなぁ。でもやっぱりレコードのSo Long Americaか(検索しても見つけられず残念)。

投稿: Kiyotaka | 2004.05.17 14:03

あれ?URL切れて表示されるね。何でだろう? コメントの確認画面だと見えるのに。Netscapeだから?

投稿: Kiyotaka | 2004.05.17 14:06

そうだよね、レコードのSo Long America
Googleで出てこないなら、自分でエントリー入れないと。でも、その前にまずレコードを探さなきゃ...
あのレコードって当然、CD化もされていないんだろうなぁ...結構、曲の方も聴いたのに(俺がちゃんとレコード買って聴いた数少ない邦楽かも)

そうそうURL切れているね、なんでだろう

NECはPC-DRシリーズを出す前にもシルバーのPC-8001用データーレコーダーを出していたんだよね。俺、それも持っていた気がするなぁ。

COMPO BS/80はMZみたいにカセットプレーヤー内蔵だっけ?それにしてもこのエントリーのコメント長過ぎ。
書いているのもほとんど俺とおっちー(=kiyotaka)ー笑

投稿: nobi | 2004.05.17 14:28

懐かしい話がいっぱいですねー
1978年から1998までBIT-INNでサポートしていた
通称みやさんです
まだ自宅にはPC-8001MKⅡSRが漢字ROM付で稼動してます
でわまた来ますねー

投稿: BITのみやさん | 2006.02.07 20:08

BITのみやさん、書き込みどうもでした。
今日、たまたまPC-8001購入時にもらったテープアスキーを発見したところです。
大脱走、またやりたい...
やっぱり基本は2、4、6、8、スペースですよね(笑)

投稿: nobi | 2006.02.08 01:38

こんばんは、はじめまして。

今、古いアイテムを整理して売れそうなものをヤフオクに出品してる最中です(すでに2ヶ月ぐらい継続)。そんなアイテムの中でも珍品なのが「So Long America」ですね。で、いつものように相場を調べようとググッてみてもほとんど引っかかってこないわけで、唯一それっぽい情報がここだったわけです(相場調査にはならなかったけど)。

とりあえず写真を撮ってみました。
http://cid-525629b8bc55824c.skydrive.live.com/self.aspx/%e3%81%9d%e3%81%ae%e4%bb%96%e8%89%b2%e3%80%85/SoLongAmerica.jpg

1982年のレコードですから26年前になるんですね。だからどんなプログラムだったのかも憶えてません。なんとなく綺麗なグラフィックが表示されたような気が・・・。ライナーの注意書きを読むと、B面の最後がPC用のプログラム音声が記録されていて、人間の聞くに耐えないものなので、直前のトラックでエンドレスになっているようです。デッドコードならぬ、デッドトラックの構造ですね。これもレアな感じがします。まあ、似たような感じで「CD EXTRA」なんていう規格もありましたけどね(トオイメ)。

おっと、書き出すと止まらないオッサンですいません。4年も前のBlog記事に長々と他人が勝手にコメント付けるなんて、傍若無人ですよね。ま、そこがネットの面白さでしょうけど(と、自己弁護)。

そうそう、私も若い頃「Bit-INN名古屋」のほうに入り浸ってましたよ。何回か通っているうちに、行くとお茶が出るようになったほどで、そのお茶を出してくれた女性が可愛かったんですよ。MARIさんという名前だったと思いますが、今で言えば「萌え~」の対象でしょうね。今思い返せば、私がBit-INNに出入りする目的の半分は、彼女だったのかも知れません。

以上、長文&乱文にて失礼します。

投稿: すな | 2008.12.20 23:58

すなさん、
まさか、So Long Americaのジャケットを再びおがめるとは思いませんでした。ありがとうございます(笑)

なんか、アメリカの旗のアニメーションが出てきたことを思い出します。

いやぁ、あのレコードは、もうちょっと語られてもいいですよね(音楽の方はあまり覚えていないけれど...)

ぜひ、PC-8001エミュレーター上で、もう1度、見てみたい..

投稿: nobi | 2008.12.21 00:32

nobiさん、早速のレスありがとうござます。
(まさか、こんなにすぐに書いて頂けるとは思ってませんでした。)

あのレコード、確かに地味に完結しちゃってる気がしますよね。しかし、レコード内のプログラムをPC上のエミュレータ上で動かすのってどういう手順で実現できるのでしょうね。アナログ・プレイヤーで再生してそれをテープに録音→PC-8001+カセットでCLOAD→それを5インチFDへSAVE→3.5インチにメディア変換→現行PCで読み込み→エミュレータのメディア・イメージに変換保存→実行、というほぼ無理な工程を踏むことになりそうです。だいたいから、実機があるならそこで見られるわけで(笑)

ハイテク工程だとこうなりますか。アナログ・プレイヤーで再生してそれを現行PCで取り込みWAV化する→WAVをソフトでデコードしてメディア・イメージに直接変換する→実行。nobuさんが書かれているように、もともとFSKの600BPSですから今のPCの能力ならソフトウェア・デコードも可能でしょうね。誰がそのソフトを作るのかは知りませんが・・・

って、例によってググッたらPC-8001のものは見つかりませんでしたが、JR100のものはありました(画像リンクは死んでますけど)。すごいですねぇ・・・
http://www.asamomiji.jp/kemusiro/index.php?JR100%A5%A8%A5%DF%A5%E5%A5%EC%A1%BC%A5%BF%2FFSK%A5%ED%A1%BC%A5%C0%A5%DE%A5%CB%A5%E5%A5%A2%A5%EB

そう言えば、普通に「So Long America」のレコードのオークション相場はわかりました。ジャケット写真付きで(^_^;)
http://page6.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f65931900
980円かぁ。自分で持っておいたほうが良さそうですね・・・

また長くなりそうなので、今回は下記のコメントを書いて終わります。
>バージョン1.0では、BASICプログラムの打ち込み中に問題がおきることがあったようです
私も憶えてますよ。たしか、BASICのエディタ上で画面サイズを80x25にしてBASICのソースを打ち込んでいる時に、ちょうど画面の右端で1行が終わって改行すると、その行はメモリー内に記憶されない、という現象だったと思います。1度、カーソルを戻して再び改行すればOKという対症療法があり、f・5キーあたりに、chr$(13) + "↑" + chr$(13) みたいな定義をして、RETURNキーの代わりに使ってた記憶があります。あるいは、40x25モードならOK(逆かも?)だったり、ですね。V1.1へのバージョン・アップはなんと中を開けてBASIC-ROMを差し替えるという荒業でしたね。今では考えられない世界のような、でもすごく楽しかったと思います。

私も一時期ナイコン青年で(笑)、その後、TK-80→PC-8001→PC-8801→・・・と購入して行き、その後OLD-Macにも凝った時期があったりと・・・(以下、略)

また長めのカキコですいません。もし良かったらしばらく付き合って下さいまし。

投稿: すな | 2008.12.21 07:28

そうですね。
かなり大変そうですよね。

でも、だんだん思い出してきた。
So Long Americaはフロッピーからの読み込みはNGでした。
というのも、So Long Americaのデータ部分は、当時、PC-8001の一部ユーザーの間で流行った
テープを読み込んでいる段階からアニメーションを表示する手法/さすがに私も番地は忘れたけれど、VRAMエリアの最初($F800だったかな?)あたりに画像データを直接読み込む方法を使って、これによってテープから600bpsのテンポでゆったりとアニメーションが読み込まれて表示していたからです。

あ、なんかだんだん思い出してきた。で、うまくドットの点滅とかそういうのを使って、きれいなアニメーションにさせていたような気が。
とにかく、見ているこちらとしては感動の、160x100ドット(でしたっけ?)でも、これだけ表現できるんだ、という素晴らしいアニメーでした。
テープからの読み込みスピードを考え抜いたアニメなので、あれをフロッピーから読み込んでしまうと、ものすごく無粋になってしまいそうですね。

ということは、やっぱり、今では再生機を見つけるだけでも大変なカセットテープから、本物のPC-8001に読み込ませる、しかないですね。


ちなみにレコードからー>テープというやり方、そのものはSo Long Americaが最初ではなく、私はその時代よりはもう少し若いですが、'78年くらいまでは、月刊アスキーなどの雑誌にも、たまにソノシートがはさまっていました(私はバックナンバーで知っています -笑)

でも、あの溝を使った機構はSO LONG AMERICAが最初、そして、そして最後かもしれませんね。

投稿: nobi | 2008.12.21 08:33

せっかちなので、すなさんからのコメント、最初、間違えて途中しか読まずに返事をしてしまい。
後から気がついてあわてて書き直しました(汗)

Ver 1.0問題を覚えているということは、私よりも1年(あるいは数ヶ月)早いですね。

もしかして、あの青いアスキー製のPC-8001 プログラムなんとかっていうテープ付きの本も持っていました?

あの大脱走ゲームとか、かなりやりまくりました。

投稿: nobi | 2008.12.21 08:48

個人的にPC-8001用のプログラムでお気に入りTop 10は、こんな感じかな:

1.ヨーロッパ大戦 (アスキー)
2.表参道アドベンチャー(アスキー)
3.EarthTrek
4.StarTrek
5.フリートコマンダー
6.クレイジークライマー(I/O)
7.正式なタイトル忘れたけれどアスキーのゴルフゲーム>かなりよくできていた
8.テンキー読み上げプログラム(アスキー?でしたっけ?)
9.TL/1 (プログラミング言語)
10..大脱走

たしかムーンクレスタもありましたよね。あれも好きだったかも。


投稿: nobi | 2008.12.21 09:04

nobiさん、予想以上にたくさんコメントを頂き感激です。
(前回のカキコで2回目のハンドルの綴りを間違えてました。失礼しました。)

>So Long Americaのデータ部分は、当時、PC-8001の一部ユーザーの間で流行ったテープを読み込んでいる段階からアニメーションを表示する手法
なるほど、それではいくら優秀なエミュレータでも無理でしょうね。確かにいろんな手法が巷に溢れてたと思います。極端な例では、カセットI/FのMOTOR ON/OFFのコマンドを使って、カチカチと音を出したり・・・(笑)

>160x100ドット(でしたっけ?)でも、これだけ表現できるんだ、という素晴らしいアニメーでした
そうですね、その解像度でしかも1キャラクター内は同色になってしまうというおそろしいスペックだったと思います。その制約の中でどこまで素敵な「アート」を表現するか、プログラマーの腕の見せ所だったんですよね。制約が多いほど燃えますし、腕(センス)の差が出ると思います。So Long America は、その究極の姿だったのかも知れません(もう、知る由もありませんが)。

>月刊アスキーなどの雑誌にも、たまにソノシートがはさまっていました
実は、ASCIIは永久保存で蔵出ししてませんが、最近やっているオークションでソノシート付きの月刊アイオーを出品し、先日落札されたところです。(なんとも偶然の話題!)
http://page2.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/b95088767

>もしかして、あの青いアスキー製のPC-8001 プログラムなんとかっていうテープ付きの本も持っていました?
これですか?(笑)
http://page2.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/b94275097

もう歳なんで(そろそろ50の大台です)、在庫処分を行なってます。もう「モノ」にこだわる歳でもないし、実際、20年以上蔵書してきましたが、1度も開いてない本ばかりです。死ぬまでには綺麗になくしたいです(←大げさかな)。


《一旦区切り》

投稿: すな | 2008.12.21 15:27

私もそれ書こうと思っていました。
カセットI/FのMOTOR ON/OFFを使ったリズムボックス(年刊Ah!Ski)。
FOR .. NEXT LOOP使ってタイミングを計算して ;-)

ちなみに私がPC-8001で一番、感動したのは
まだpcsとかできる前のascii net実験サービスにアップロードされていたPC-8001用プログラム。
まだ、バイナリ転送とかなかった時代で、PC-8001なので、通信ソフトもない時代です。

ターミナルコマンドでascii netにアクセスして、掲示板を表示。
すると、そこに1画面に収まるプログラムリストが投稿されるんですが、一度、「+++」でターミナルモードに抜けて、そこからさらにN-BASICに抜けて、カーソルを矢印キーでプログラムの1行目まで持っていった後、returnキーを連打するという転送方法。
あれは誰の発案だったんだろう....


今年、マイクロソフト(株)の元社長(その後、元会長)の古川さんと一緒にアメリカのコンピューター博物館に行ったんですが、日本のパソコン文化、マイコン文化の記録を後世に残すために、日本にもコンピューター博物館をつくらなければと話していました。

その際には、ぜひパソコン本体だけでなく、雑誌やソフトウェアも展示したいですよね。
「So Long America」もぜひ展示したいものの1つ。

ちょっと古川さんを焚き付けてみるので、もし実現したら、お貸しください ;-)

投稿: nobi | 2008.12.21 16:22

なんか、CHAT状態ですね。枕詞とかなしでベタで行きますね。

ascii netのその方式、なんか見たことがあります。だから、本誌でもパロディ版でも『最密充填リスト』なんてのが流行ったんですよね? あ、それとは微妙に違いますか。『最密充填リスト』ってやつは、改行もせずにリストを並べていくやつで、単純に紙面を節約したいがためですよね。そのまま画面には出せないですね。しかし、ほんと「必要は発明の母」ですね。

「So Long America」の永久保存が実現しそうになった場合には、ぜひとも拠出させて下さい。提供者として地味に名前が載るだけで満足ですので(笑)

投稿: すな | 2008.12.21 18:09

PC-8001のプログラムベスト10ですか。。。記憶から抜き出そうとすると、到底10個には収まりません。


『ASCII』系だと・・・
ハチの巣落とし:オールキャラクターなんだけど、カラフルで良かった。
三次元迷路奪回ゲーム:失敗すると赤いエイリアンが画面いっぱいに出た印象が。
フリートコマンダー:遊びましたね~。当時としてはかなり本格的。
美麗図柄馬鹿っ花:札のグラフィックがかなり頑張ってた感じだった。
ミサイル・コマンド:自作です。ASCIIに掲載されました(本邦初公開!?)
GAME-PC:言語も流行りましたね。ゲーム専用簡易言語風で高速処理が特徴。
TL/1・PC:これで構造化言語を憶えた。好きな言語の1つ。整数型、コンパイラ、逆コンパイラ。
フライトシミュレータ:TL/1で作られた作品で、感動を覚えた記憶がある。
スーパーライダー:これもTL/1でコンパイルされたもので、画面構成に工夫あり。
ゴルフ・シミュレーション:nobiさんの記憶はこれですか? 平面視点だったが。
SUPER PINBALL:これもグラフィックが頑張っていた。オール機械語か?
ボウリングゲーム:平面型。オールBASICの遅さ(GET/PUT)が目に付いたがハマった。
CAR・CRASH:いわゆるヘッドオン。ゲーセンでもハマったし。
サブマリン:オリジナルはDEEP SCANだったかな。ゲーセンではヘッドオンの裏画面!?
スペースインベーダ:でかいインベーダーが画面狭しと・・・
スタートレック:これもハマったゲームの1つ。各機種で遊んだ記憶が。
クレージーバルーン:イライラ系だけど、微妙なキー操作が中毒性を生んだ。

『I/O』系だと・・・
STAR FIRE:スターウォーズに感化されて出来たゲーム。擬似3Dシューティング。
スターウォーズ帝国の逆襲ゲーム:同上。スノーウォーカーの動きが未だに頭に・・・
STARTREK FIRE:珍しいSTARTREKの擬似3Dシューティング。
PCGギャラクシアン:PCGも買いましたねぇ。あまり活用しなかったけど。
平安京エイリアン(PCG):このゲーム、PCG化してもキャラが細かくなるだけで・・・
クレイジークライマー:ハマったハマった。縦スクロールが気持ちいい。指釣りそうだが・・・
グラフィックQIX:好きなゲームの1つ。リアルタイム陣取りだね。頭使うし。
リバーレスキュー(中村光一):縦スクロール系。クキクキっと動く船が印象に。
Bowling-2:擬似3Dで、なんと隣のレーンでもボールが投げられていたり。感動!
走れスカイライン:3D視点のレースゲーム。車の挙動が面白かった。

単行本系・・・
マイコン宇宙講座:プラネタリウムは美しかった。
はるみのゲーム・ライブラリー:ほとんどキャラクターベースなんだけど良く出来ていた。

雑誌系・・・
テクノポリス:同人誌のノリが心をくすぐった(謎)
BASICマガジン:ピンキリのソフトの詰め合わせ状態。とりあえず動けば掲載されてた?


って、多すぎ(笑) 以上をノミネートということにして、Best10を(←最初からそうしろっての)。

総合賞=スタートレック
企画賞=フリートコマンダー
言語賞=TL/1・PC
審査員特別賞=はるみのゲーム・ライブラリー
グラフィック賞=美麗図柄馬鹿っ花
移植賞=クレイジークライマー
ファンタジー賞=マイコン宇宙講座
アイデア賞=Bowling-2
努力賞=SUPER PINBALL
珍品賞=STARTREK FIRE

って、なんだか欽ちゃんの仮装大会みたいですねぇ。

総評:
やはり『スタートレック』はパソコンの黎明期においてプログラム開発の推進役となったと思います。おそらく移植されてないPCはないのでは、と。後の『テトリス』のような存在でしょうね。同時期の『インベーダー』も国内産とは言え結構普及しました。でも、パソコンオリジナルではないため、あえて選外としました。そんな中でも、『クレイジークライマ』ーの移植度とキーによる操作性は記憶に残る傑作だと思います。

以上でした。

投稿: すな | 2008.12.21 18:15

『最密充填リスト』....
懐かし過ぎです。デバッグ用に1行何文字あるか数える定規がついていましたね...

美麗図柄馬鹿っ花とリバーレスキューとPINBALLは私もハマりました!
懐かしい。
QIXも何種類かありましたね。

ゴルフは確か「シミュレーション特集」の号のものだったのでそうかもしれません。
ゴルフゲームと一緒に、Start Trekベースの商談シミュレーションのゲームが載っていた記憶が...

クレイジークライマーのあの特殊なキー操作は、今でも体で覚えています。
あの親指から人差し指そして中指へと流れる重心移動(それも左右ちょっとずらして)がずれるとなかなかストレスが残って....

あとPC-8001版のマッピーやディグダグもありましたよね?(たしか)

私はPCGなしで頑張っていたけれど、正直、PCG欲しかったです。

芸夢狂人さん会ってみたい...

三次元迷路奪回ゲームは、線が1本あるかないかだけで、どっちに曲がれるかを判別しなきゃならないあれですよね...

投稿: nobi | 2008.12.21 21:29

「Next Socialmedia Conference 2009pre」ではありがとうございました。

どっから絡んでいいやらわからないくらいの懐かしいワードがいっぱい・・・。

> 昔はこういうじっくり座ってパソコンをいじれるショップがマイコン少年達を育てる非常に重要な役割を果たしていたと思います。

ですねー。自分もデパートに開店前から並んでマイコン売り場で目当ての機種を確保していじってました。
そこで出会った友達も結構いましたね。

最初のパソコンはPC-6001でした。ハンドアセンブルでマシン語までやりました。
はるみのゲームライブラリーも読んだなあ。
MZの「ドリームランド」に衝撃を受けてアドベンチャーゲームが好きになり、
P6でミステリーハウスやらポートピア連続殺人事件やら黄金の墓にはまりました。
挙句の果てに雑誌「ログイン」で募集していたロンブンオーボ賞に「アドベンチャーゲームと私」という
作文で応募してみたり・・・。
表参道アドベンチャーは確かP6では出てなくて憧れだった気が。

あと、タイニーゼビウス、スペースハリアーは衝撃でした。
・・・って、ここP6系の人はあまりいないすね・・・。

投稿: はこ | 2008.12.21 23:12

いや、私はPC-6001が出た後、グラフィック性能もサウンド性能も優れているのが悔しくてPC-6001を買いました。その後、中古でPC-8801も買いまいた。全部初代機。
当時の広告で言うところの「素敵三姉妹」です。

AXシリーズも全部揃えました。

PC-6001は、日比谷のC&Cプラザでたまに周辺機器が在庫処分されていたので、それでフロッピードライブから拡張ユニット、そしてテニスゲームとコントローラーなど一通り揃えました。

でも、やっぱりAX-4のオリオン、クエストはどちらもめちゃくちゃはまりましたよ。
当時、あこがれのアップルIIと同じテレビのにじみをつかった疑似カラー、あれができるのがうれしくて...

いや、当時のパソコンゲームは本当におもしろかったですよね!

ポートピア連続殺人事件はあっというまに解いてしまった記憶があります
でも、それ以上、あっという間に解いてしまったのが、Mac用の「Spaceship Warlock」。所要時間6時間もかかっていない。

表参道アドベンチャーは99%解いていたのですが、最後のコマンドがわからなくって止まっていました。
ある時、なんだったかのコマンドを打ち込んだら、いきなり次の瞬間解けてしまって、うれしかった。

でも、素敵三姉妹の後、CP/Mは好きだけれど、MS-DOSは嫌いで、むしろOS-9に引かれていたので、PC-9801シリーズは1台も買いませんでした。
一瞬、同級生の勧めでFM-11買おうかと思ったけれど、買わないでよかった(笑)

投稿: nobi | 2008.12.22 00:29

うちは、僕の親がPC-6001mkIIを買ってたのを覚えてます。データレコーダと本体より高いフロッピードライブもあったっけ。

デゼニランドとサラダの国のトマト姫にはまったのを覚えています。
自分ではPC-88AVを買ったのが最初で、MS-DOSを動かしたくていろいろ試したのを覚えています。。
当時、周りはX68000か、PC-8801SRを持っている人が多かった。。

投稿: 三沢 | 2008.12.22 09:03

いやぁ、さらに懐かしいキーワードがあちこちに・・・。過去脳が活性化されまくり。

>PC-8001版マッピー、ディグダグ

マッピーはなんとなく憶えています(これはPCGでしたよね)ディグダグは私の記憶にはないです。このあと、この2つがファミコンに移植されたときは、正直ファミコン万歳でした。でも、永遠のテーマは1つあるんですよね。この2つもそうですが、このころのゲーム機はたいてい画面が縦長で、PCの横画面で再現しようとすると無理があったんですよね。無理やりアスペクト比を変えるか、画面の半分を残すか、はたまた無理やりディスプレイを90度回転させるのを前提に完全移植するか。後のPC-100では、ディスプレイが回転するのが標準仕様だったのでその流れが続けば、と思ってたりしました。

>芸夢狂人さん

アイオーのポップなキャラのイラストと、恐怖の16進ダンプリストと共に思い出されます。16進ダンプリストと言えば、チェックサムですよね。最盛期には、自動チェックサム計算機能つきダンプリスト入力プログラム、なんてのも登場した記憶があります。16進数をブラインドタッチで入力できるようになりましたしね。今ではもうそんな真似はできない、というかしたくない、というか根性がなくなったってのが正解でしょうか。

>PC-6001

PC-6001は結局買いませんでした。武田鉄矢が宣伝してましたよね。というか、シリーズ毎、メーカー毎に有名人がイメージキャラクターとしてCMなどに登場していましたね、あの頃は。
 NEC PC-8801シリーズ・・・斉藤由貴ちゃん
 NEC PC-6001シリーズ・・・武田鉄矢氏
 TOSHIBA PASOPIA ・・・横山やすし氏
 FIJITSU FMシリーズ ・・・南野陽子ちゃん
などなど。他に誰がいたっけ?

>AXシリーズ

AX-5(検索したらAX-5が正解のようです)、買いましたがね。PC-6001を持ってないのにね。ソフトだけ購入してビットインなどに持ち込んで勝手にLOADして遊んでた記憶があります。そこまでやるかって感じで。AXシリーズは傑作だと思います。特に『オリオン』は私が思うにApple][(←IIではなくこう表記するのが正式ですよねw)の傑作ゲーム『ハドロン』のオマージュだと思うわけです。Apple][を語り始めると、PC-8001と同等に長くなりそうだし、ここの流れに反するような気がするので、遠慮がちに書いてますけど(笑)

投稿: すな | 2008.12.22 21:59

PCG>
いや、マッピーやディグダグ、もちろん、PCG版もありましたが、PCG無し版もありました。
私はPCGは持っていなかったので(ちょっと悔しくて、どうせ買うならいっそ「FGU-8000」を買おうかと思っていたけれど買わないでよかった)、あの低解像度で根性でやっていましたよ。

ディグダグの敵を風船のようにして膨らませると、周りの色につられて変色するのが悲しかったです(笑)

画面を縦起きというと、思い出すのが秋葉原のBitInnのすぐ横にあった、ソフトをいっぱい売っていたお店(名前が...)。あそこのギャラクシアンだかギャラガが、画面90度回転仕様でしたよね。


チェクサム>
たまに打ち間違っているのに、チェクサムだけがあっていたりすると地獄のようでしたよね。
どこに打ち間違いがあるかわからない。っていうか、昔の人は雑誌のプログラムの打ち込みで
タイピングを鍛えられましたよね。

AX-5>
そうかオリオン/クエストはAX-5ですね。
このAX-5だけがあまりに名作過ぎて、他の印象が薄れてしまっていますが、
確か後半のアスキープログラムコンテスト優勝作品の製品化は、さすがにクオリティー高かったですよね。

ブーメランとかボコスカウォーズとか、だったかな?


きっと、そろそろ、誰かが「森田オセロ」の話しをし始めますね(笑)

投稿: nobi | 2008.12.23 10:49

P6、もうひとつだけ。。

>AXシリーズ

一番びっくりしたのはAX-6の音声合成デモ!本当に単にしゃべるだけ(汗
確か、「AX-6 by ASCII」としゃべってました。

すべてのCPUパワーを音声合成に向けるため、音声を出している間は画面表示も切ってしまうという…。
パピコンの本気を見た気がします。


投稿: はこ | 2008.12.23 13:32

DMA停止状態ですね。
PC-6001でありましたっけ?
私はC&C Plazaで、PC-6001の音声合成カートリッジを(中古で)買って持っていたので、
そちらはあまり感動した覚えがありません。

むしろ、感動したのはBeepコマンドしかないPC-8001での音声合成です。
16進のダンプの打ち間違いを減らすために、テンキーを押すと、PC-8001が押したキーを読み上げてくれるというソフトでした(I/Oかアスキーかは忘れました)。
でも、やはり限界があって、ディーとイーはもちろん、ゼロとエフとかの区別がほとんどつかない。

無理して頑張ればそう聞こえる、という感じで、集中途切れると、全部同じ音に聞こえてしまいました(笑)

投稿: nobi | 2008.12.23 13:48

おわ~。再燃してますな!

> 『最密充填リスト』....
> 懐かし過ぎです。デバッグ用に1行何文字あるか数える定規がついていましたね...

懐かし過ぎます・・・あの三角形のリスト。

> 一瞬、同級生の勧めでFM-11買おうかと思ったけれど、買わないでよかった(笑)

あー、彼は、FM-11BS と AD と・・・何種類か持ってましたね。
家からダイアルアップして login して chat したことあります。

> (ちょっと悔しくて、どうせ買うならいっそ「FGU-8000」を買おうかと思っていたけれど買わないでよかった

あれ?FGU持ってませんでした?
部にあったのは、誰のものだっけ?

> むしろ、感動したのはBeepコマンドしかないPC-8001での音声合成です。
> 16進のダンプの打ち間違いを減らすために、テンキーを押すと、PC-8001が押したキーを読み上げてくれるというソフトでした(I/Oかアスキーかは忘れました)。
> でも、やはり限界があって、ディーとイーはもちろん、ゼロとエフとかの区別がほとんどつかない。

チェックサムも読み上げてくれましたよね。
私も、かなり聴き取りに難があったと記憶しています。

投稿: ちゃがま | 2008.12.23 20:01

いや、FGUは持っていない。たぶん、それは誰か他の人のもの(もらってきちゃえばよかったー笑)。
もっとも、持っていたとしても、当時の高解像度って、今の携帯電話の解像度ですよね。


ちなみに上のちゃがまは高校時代で同じコンピューター部でした

私は当時、副部長で、名前は間違われていたけれど、徳間書店の雑誌「テクノポリス」に取材されたことも...
あいにく、森田オセロとかマイクロオセロリーグの話題に行かないけれど、
当時はアスキー、BASICマガジン(以外にも)、RAM、マイコン、I/Oとあと一誌くらいありましたよね。

投稿: nobi | 2008.12.23 21:32

私は SHARPっ子だったんですが、
(当時はナイコン少年だったんで、ショップとかショールームでいじってたんですが)
部には、NEC と FUJITSU が多かったですね。
部費で買ったものと、卒業生からの寄贈品と、私物持ち込みと・・・。

PC-8001/8801/8801mkIISR/9801E/9801F/FM-7/HC-20?/...
HC-20 は、テクポリに記事書いてた某先輩の持ち込みだっけ?
あと、謎の自作ワンボードコンピュータとか、TK-85 とか、
Olivetti の巨大電子計算機とか、
(レジみたいなテンキーと、ロール紙印字+7セグLED、磁気カードリーダによるload/save可)
Sinclair ZX-81 とかがありました。

雑誌は、あと Oh!シリーズとかありましたね。

投稿: ちゃがま | 2008.12.23 22:48

8801mkIISRとか新し過ぎ。
ちなみに何気に当時、一部、ゲームセンター好きに有名だった「ゼビウス1000万点への解法」を書いたといううる星あんず氏も(どの人か把握していないけれど)同じ高校です。
http://remember.livedoor.biz/archives/51312242.html

そして、高田馬場のマンションでレンタルソフト屋として操業したソフマップの関係者も同じ高校でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ソフマップ

投稿: nobi | 2008.12.24 00:48

FGU-8000、ありましたねぇ。PCGもそうだけど、PC-8001って内部拡張は考えられてないから(後ろに拡張ユニット用のエッジ・コネクタはあったけど)、実装するのが大変だった記憶があります。基板のパターンカットなんて日常の作業でした(今は多層板だしピッチも狭いので無理でしょうね)。その手間(+購入金額)の割りにそこで動くソフトが少なかったりしょぼかったり・・・。独身貴族でないと出来ない投資でした。

>森田オセロ、マイクロオセロリーグ

ASCII誌上で競ってましたね、他のプログラム(アルゴリズム)と。アルゴリズムの詳細はもう憶えてませんが、唯一「αβ刈り」というのを単語として記憶してます。考えうる“手”をケース分けして逆トーナメント図のように思考ツリーを展開していくわけですが、その枝探索の深さを評価関数で“刈って”行くんでしたっけ(←メチャメチャいい加減な記憶)。当時のPC、例えばPC-8001なんてCPUクロックが4MHzだしもちろん8Bitなわけで、そんな中で思考時間をどれだけ短縮するかがポイントの1つだったんですよね。今のCPUなんて、クロックが2G以上、BUS幅は64Bit、マルチコアですからね・・・。クロック数だけ単純比較しても500倍ですか・・・。MIPS比較したらどうなることやら・・・。オセロだったら“刈ら”なくても全部読みきれたりして・・・

>Oh!PCシリーズ

手元に1冊だけ残してすべて今月、ヤフオクに出品し無事売れちゃいましたが、その記事の中にNHKの「マイコン講座」がありました。それで思い出したんだけど(記事中には記載がなかったが)、このTV放送で使ったプログラム・ソースをその日の番組の最後に副音声(?)でFSKエンコードした音を流してたような気が・・・。それをカセットに録ってPCにLOADするという。当然、機種が限定されるわけで、番組中ではPCのロゴをシールで隠して“機種X”とか表現してたと思うんだけど、あきらかにPC-8001だったとこの時に判明するわけで「やっぱりね」ってね。(全部、記憶だけで書いているので、もしかしたらPC-8801だったかも?)


(BGM:姫神)

投稿: すな | 2008.12.24 08:06

なるほど。NHKではそんな風にしてましたか。

SHARPの話になってしまいますが、パソコンサンデーという番組がありまして、
故・宮永好道先生が Dr.パソコンと呼ばれて親しまれていました。
この番組も、副音声でプログラムを流してましたね。

SHARPのテープロードは、1200~2700bps(機種によって違う)で
速度が速く、信頼性が高いのが自慢でしたが、テレビ音声の録音からは
なかなかうまくいかないという話でした。

投稿: ちゃがま | 2008.12.24 08:29

すなさん!!
すごい。それ懐かしすぎる!
それ試しましたよ!アスキーか何かで、番組の情報を読んで。
NHKでずっとIT関係をやっている友人がいるのですが、もしかして彼(年代的に)関わっていたのかな。
今度、あったら聞いてみよう。

オセロは「思考法」の本(=アルゴリズムの本)が出ていましたよね。
黄色い表紙の奴。私はMini-Max法しか覚えていないかも。


ちゃがま>
俺はPC-1350がMy First SHARPだから、そっちは記憶があまりないな。
ただデータレコーダーはめちゃくちゃたくさんもっていた。
ダブルカセットデッキもよく使ったなぁ。
高音質を大きくした方がいいんだったか、わるかったんだか、もう忘れたけれど。

投稿: nobi | 2008.12.24 12:01

>NHK
そういう裏話って興味深いですね。聞くことが出来ましたら、ぜひ貴ブログで読ませて下さい。

話は飛ぶんですけど、結局、AX-5とくにオリオンが遊びたくて、エミュレータを検索してたら、なぜか『みんながコレで燃えた! PC-8001・PC-6001』というムック本を衝動買いすることになってしまい、昨日AMAZONから届きました。

出張帰りで眠かったのでまだ中は読んでませんし付録のCD-ROMも開けてませんが、週末が(というか年末か)楽しみです。

この本の表紙を見てて1つ思い出したのが「AY-2 オリオン80」の存在です。PC-8001に移植されたんでしたね。確かこれも買った記憶があります。でも、AX-5のほうで遊んでいたので、ちょっと起動してそのままお蔵入りだったように思います。

投稿: すな | 2008.12.26 06:27

すなさま、
その本の表紙のPC-6001、私のPC-6001です!
アスキーの手元になかったので、私のPC-6001、8001、8801を貸しました
(まだ貸しっぱなし。アスキー、引っ越しちゃったけれど、捨てられていないか心配)。

私も見本誌送られてきたのですが、Macの上でWindowsエミュレートして、その上でエミュレーターというのも面倒で、パラパラと見ただけでした。
考えてみたら、今のIntel MacならネイティブでWindows動かして、試せるんだった!

それにしても、そうですねAY-2 オリオン 80ありましたね。
あれは、あれであのドットの荒さが好きでした。

AY-2の線画を思い出しているうちに、何かもう1つ、思い出せそうで思い出せない、よくハマったゲームが頭の中をチラホラ。

ダメだ。思い出せない。
ちょっと、私も、あの本、探してみます。

同様のムックを工学舎さんにもつくってもらいたいですね。
(マイコンとRAMは、あまり印象に残っているプログラムないけれど.. なんか、あります?)

投稿: nobi | 2008.12.26 11:34

ひぇ~~~、このPC-6001ってnobiさんのでしたか。しかも、まだ返却されてないって?それはぜひ、アスキーに押しかけて回収しないと。なんなら同行して荷物もちぐらいさせて頂きますよ。って便乗して雑誌の編集部ってのを見たいだけなんだけど(笑)

そんな貴方に(謎)、私の秘蔵(だった)PC-6001の当時のカタログを差し上げましょう。と言ってもPDFです。本物は例によってヤフオクで売ってしまいました(汗)

http://cid-525629b8bc55824c.skydrive.live.com/self.aspx/その他色々/PC-6001.PDF

お持ちでしたらごめんなさいです。

当時のカタログの類は色々持ってました(すべて同じ運命をたどり、PDF化されております)。手持ちのもので、他にご希望があればUP致しますよ~

投稿: すな | 2008.12.26 22:13

アスキーは最近、他の会社と合併した上に、新宿方面に引っ越してしまいました。
新しいオフィスにはまだ行ったことがありません。
また、この本の担当者の方はとっくの昔にアスキーを辞めてしまっているので、どなたが管理しているか皆目検討がつきません(汗)。
アスキーって、これまで何度か引っ越ししているけれど、その度に、すごいコンピューターとかが大量に廃棄処分されているんですよね。
青山から初台に引っ越したときには、もしかしたらPDP-11も廃棄されたんじゃないかと心配。

投稿: nobi | 2008.12.26 22:30

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