iPod miniまだ在庫あり(@1pm)
7月 24, 2004 Mac | Permalink | コメント (8) | トラックバック (0)
そしてアーティストと消費者の間に立っている大勢の人達も、このiTunes Music Storeを基盤に新しいビジネス、より勢いのあるビジネスができると信じています。想像力と実現性は必要だし、最初は大変かも知れません。アップルの側がもう少しオープンかつ柔軟になる必要もあるでしょう。
しかし、この21世紀に、ものすごく便利な技術、サービスが、それを拒もうとする一部の人達の圧力で実現しないのだとすれば、それは残念でなりません。
P.S.
ちょっと話題がずれますが、今日からWindows PMCの発売も始まったようです。
7月 12, 2004 Mac, copy-right or wrong!?, 音楽 | Permalink | コメント (6) | トラックバック (1)
今日は前から告知していた「The Day of Collaboration」交渉の甲斐あってなんとか取材できそうです。
近々、このBLOGでも、これに関連した発表ができそうです
7月 6, 2004 日記 | Permalink | コメント (1) | トラックバック (1)
たまりにたまったメールを見ていたらSPAMなのか、そうじゃないのかわかりませんが
カイロで9月30日から開催のエジプトExpoへの招待状が届いていました。
ターゲットは製造業と輸入輸出業者。
AOLのメールアドレスからの配信で、ホームページはない模様(やはりSPAM?)
ただ飛行機で隣に座っていた女性が以前、エジプトに行った話を聞いてちょっと行きたくなってしまいました。
彼女はGAPの本社勤務だとかで、これから2週間タイでバケーションーー1週間前に旅行が決まったらしく、かなり慌てていて、飛行機に乗ってからもしばらく携帯電話で支払いやら何やらを友人に頼んでいましたが...
それにしてもこれが当たり前ですよね。日本人ってバケーションって行っても1週間くらい行って帰ってきちゃうけれど1週間は短過ぎ。街に慣れてきたと思った頃にはもう帰る頃になってしまう。
日本人は旅行に行ってもショッピングとかをするだけ、とか言われるけれど、それはこの滞在期間の短さでできることがそれくらいしかないから、というのもあるのかも...
なお、彼女、帰りには成田で12時間あるらしく東京見学をしたがっていたので、成田エクスプレスのこととかを教えておきました。
私も昨年秋、同じようなことをしました。パリの直行便飛行機が取れず、ロンドン経由になってしまい、おまけにロンドンでの待ち時間が4時間ほどという旅程でした。一緒に取材にいった編集者は海外が初めてと言うこともあり、どうせならパリ以外のところも見せたい、というのを言い訳に15分ごとに1本、パディントン駅まで15分のヒースローエクスプレスに飛び乗り、地下鉄に乗ってもう2駅くらい遠くに行けそうだけれど、そこはググっとこらえて、パディントン駅そばのパブでビールを1杯。そこでヒースローに向かっていたyukiさんと合流し、乾杯!
パディントン駅に新しくできた回転寿司屋がすごく気になりながらも、そのまま再びヒースローエクスプレスに飛び乗り、パリへ。
こんなことをやっているからアクシデントを起こしやすいのかも知れませんね(苦笑)。
もっとも、成田の場合、日本に入国するのが大変そう。飛行場から出られないとしたら、あの中で12時間はあまりにつらそうなので、アメリカン航空のラウンジなら会員でなくても+50ドルで利用できて、シャワーとかもあることを教えておきました(成田にあったかな?)
7月 6, 2004 日記 | Permalink | コメント (2) | トラックバック (0)
約束通り過去15年の取材裏話をいくつか書き始めています。
第1回目のパイオニア事件については下書きしていたため、後から投稿した記事よりも下に表示されてしまいましたが、皆さん気がついたかな?(もっとも気がつかれても困る恥ずかしい話なのだけれど...)。
パイオニア事件は他の取材陣も巻き込んだ大掛かりなものでしたが、今回は何食わぬ顔をして取材していたけれど、その影で人知れず苦労をしていたという話。
今、この記事は機内で書いているため、資料がありませんが、計算が正しければ事件が起きたのは初代Mac誕生から15年目の'99年秋。
アップル社が初代Macが発表されたのと同じDe Anza Collegeのフリント行動で製品を発表すると言う案内が届き、それを取材すべくシリコンバレーへと旅立った。
サンフランシスコ市内の取材なら歩きやタクシー、バスで(自然いっぱいの観光地以外は)どこへでもいけるのでレンタカーは不要だが、サンフランシスコ空港以南、シリコンバレーの取材となるとレンタカーは必須だ。
この時も朝、サンノゼ空港に降り立つと、真っ先にレンタカーをし、昼間には飲茶を食べ、そこから時差ぼけで夜眠れなくならないように、同僚を引き連れてパロアルト近郊をドライブしていた。この時、猛烈に眠かったが、30分以上にわたって延々と蛇行が続く山道に迷い込んだのはかなりつらかったが、その疲れのおかげで夜かなり早い時間にベッドになだれ込み、そのまま深い眠りについた。
翌朝は目覚めもよく、頭もすっきり。発表会の4時間前には目が覚め、眠い目をこする同僚に、何か朝ご飯でも買ってこようかと提案した(できるだけ早く会場に行きたかったので、何かテイクアウトできるものを持っていこうと思ったのだ)。
ちょうど、車で2ブロックほど行ったところにマクドナルドがあった。
同僚がまだ眠そうなので車に乗り、1人マクドナルドに向かい、朝食セットをちょっと多めに買って車に戻ると車内にあってはならないものがぶらさがっていることに気がついたーーそう車の鍵だ。
助手席、後ろのドア、トランク、八方探したがどこも鍵はあいていない。
マクドナルドの前の公衆電話、Yellow Pageを使ってLock Smith(日本で言うところの鍵の救急便[でしたっけ?])に電話をかけたが、こちらに到着するまでには1時間かかるといい、それでは発表会に間に合わないかもしれない。
タクシーを呼んで会場に向かうか?いや、でも自分の取材道具は車のトランクに積み込んでしまった。
さまざまな考えが頭に浮かぶが、結局、解決策もないまま時間ばかりがどんどん過ぎていく。
ようやく1つの結論にたどり着いた。
「車の窓を割るしかない」
今回は、この発表会ただ1日だけの渡航、このバカな失敗のせいですべてをフイにすることはとてもできない。
マクドナルドのカウンターに並び、自分の順番が回ってくるや、「何か窓を割れるようなものはないか」と聞いた。
店員のびっくりした顔は想像するまでもない。
そこから5分近く、事情を話して、予想通りだが、Lock Smithを勧められて、その時間がないと説明してと5分ほど経った頃、ようやく、先方が「どうしてもやるのか?」とこちらの決心を受け入れ、すぐ裏側に自動車整備工場があるのでそこに相談に行った方がいいと言われた。
次の瞬間には100mほど離れた自動車整備工場に駆け込んでいた。
「時間がなくって理由を説明する余裕はないけれど、車からlocked outされてしまった。どうしても時間がないので、窓をわらなければならない」
ここでもLock Smithを勧められるなど、予想通りのやりとりがあったが、韓国人風のおじさんが「それなら俺はもう知らない。そこにでかいハンマーがあるからそれを貸してやる」と鉄ハンマーを指差した。
足は車の方に向かいながらも後ろを向きながら、丁寧にお礼を繰り返し、建物を出たらそのまま一目散に(両手で巨大ハンマーを抱えて)車に向かって走り出していたーー周囲に人はいなかったと思うが、いたらどう見られていたのだろう。
車の前に到着。
心の中で本当に割ってもいいのだろうか、という最後の葛藤を終えた後、深呼吸をして、思いっきりハンマーを振りかざした。
いや、予想以上にハンマーが重かったので、イマイチ振りかざしきれていなかったので、少し後ずさりをしてもう1度ハンマーを振りかざし、勢い良く振り下ろそうとした。
「WAIT」
その大きな声が聞こえてきたのは、まさにその瞬間だった。力が抜け振りかざしたハンマーが窓の上に落ちたが勢いがなかったため、割れずに終わった。
先ほどの自動車工場の韓国人風のおじさんだ。
「どうせ割るなら、ここの窓(=運転席の窓)は大きくて値段が高いから、こっちの小さい窓を割れ!」というアドバイス。
「Thank you!」といった後、その持ち方じゃダメだと言わんばかりに彼が叩き割ってくれました(ちょっと気持ち良さそうで、うらやましい)
後部座席はガラスの破片が飛び散りとても座れる状態じゃないけれど、それよりも怖いのはこの車を果たして取材中どこかにパーキングし置いて大丈夫なものだろうか?
自動車整備の人にお礼を言うと、彼は「いいから急げ!」と言ってくれて(いい人だ)ハンマーを持って彼の職場へと消えていった。
私はとりあえず、運転席に座り(ここにガラスが飛び散っていないでよかった)、エンジンをかけ、同僚が待つホテルへ
「遅かったね?そろそろ取材行く?」とノンキな同僚を車に乗せて、自分の取材道具からガムテープを取り出して彼に手渡す(ガムテープはビデオの電源を通路を横切って延長する時に、人が足をひっかけないようにテーピングするために昔は持ち歩いていました。今は面倒なのでバッテリーで撮影)。
後部座席にジャケットをしいてその上に座って、マクドナルドを食べながらの片手運転で発表会会場に向かいました。
この日はいい天気で、小さな講堂はThink differentのポスターで埋め尽くされ、外のテントではプレス受付をしながら、軽い朝食も配られていました。
登録の後、カリフォルニア日和の太陽の下、スイートとコーヒーを持ちながら「やあ、どうも」と声をかけてくる日本人プレスの方々、「Hey Nobi. How's going?」と声をかけてくる欧米プレスの方々、そして「Hi, good to see you hear. I am glad you could make it」と声をかけてくれるアップル広報の方々...
一瞬、ここまでmake it(なんとかたどりつく)までにあった苦労を言おうと思って、口を開きかけるのですが、このあまりに長大なストーリーが頭を一瞬ぐるっとかけめぐり「good to see you, too」と流してしまいました。
発表会、ジョブズはこの日はちょっときばって初代Macタキシードで登壇。
FireWireポートを搭載したiMac DVとiMac DVのSpecial Editionそして現在はiLifeの一部として知られるiMovieが発表されました。
講演では、iMovieを使ってホームムービーをつくるデモを行った後、ジョブズはしばし沈黙し
「アップルにはアートとテクノロジーの接点に立つ会社になって欲しい」
となかなか言葉に残る名セリフを残していました。
講演が終わり、壇上のiMac DVを撮影していると、他の日本のプレスも続々、壇に登ってきて、日本人プレスによるiMac DV撮影会状態になってしまったのですが...
実はこの模様を雑誌TIMEの記者が写真にとっていたようで、私や同僚、PC WATCHでこの記事を書いた友人らはジョナサン・アイブよりも大きい後ろ姿の写真がTIMEの記事に載ったというおまけつきです...
真っ暗な講演会場を出て、講堂のまわりの廊下にいくと、そこにはアップル社の当時のPMの方々が楽しそうに話をして、大変気分よく取材を終えられました。
数ヶ月前大阪で行われたIEEE1394TA(FireWireの規格化を進めている団体)会長の「アップルはFireWireを推進する企業としてFireWireをiMacに搭載するべき」と言う言葉を思い返したり、速報記事の大まかな構成を考えたりしながらも、De Anza Collegeのきれいな緑やリスや小鳥といった小動物のいる景色を楽しみながら、心地よく撤収をしたのですが、駐車場には割れた窓ガラスをガムテープで補修したレンタカーという重い現実が待っていました。
あれから、どこかで昼飯を食べたのでしょうか?
とにかく、ホテルに帰り、その夜は必死で速報記事を仕上げました。
仕上がったのは翌日の飛行機の時間の2〜3時間前で、レンタカー会社にゆっくり事情を話したいけれど、その余裕もなさそう...
レンタカー返却にいって事情を話すと、「OK。it's insured(大丈夫、保険でカバーするから)」と言われてホッ
飛行機ではあまり寝れない質なのですが、この時はぐっすりと寝れたような気がします。
さて、時間は流れて2004年7月、今回の失敗によるダメージは1泊2日だったので、この暴露話シリーズはパイオニアの話とiMac DVの話の2話で一度終わりにして、何かまた次に大きな失敗をした時につづきを書こうと思います。楽しんでくれた人は、私が次にまた失敗をやらかすことを期待していてください。
7月 6, 2004 アップル影の歴史 | Permalink | コメント (11) | トラックバック (0)
おかげさまで無事帰国できました。
日本もそうですが、アメリカは交渉の国。
最後まで食い下がって交渉すれば、いろいろなトラブルも結構なんとかなるものです。
最後にはいろいろ嫌みも言われましたが、とりあえずはなんとか翌日の同じフライトに乗り24時間遅れで成田に到着しました。
独立記念日の夜を西海岸で過ごせなかったのは残念だけれど、それをなぐさめるように添乗員達はアメリカ国旗の服を着ていました。
もっとも、私はその添乗員が見回る前で、BusinessWeekのFahrenheit 911の記事を読んでいたのですが...
P.S.飛行機の中で、取材裏話の第2部も8割書いたのですが、成田エクスプレスまであと15分なので、続きは自宅から...
7月 5, 2004 日記 | Permalink | コメント (8) | トラックバック (0)
おかげさまで無事、パスポートが見つかりました。
昨日行ったレストラン、大変混んでいて、私はポーチをイスの上においていたのですが
途中でそのイスをレストランの人がどこかに持っていって、おそらくその時に隣のテーブルの側に落ちた模様です
レストランの人はすっかり隣のテーブルの人のものだと思って、そちらに何度も連絡をしていたようです
(予約を取っていたので、電話番号がわかったそうで)
そう聞くとレストランの予約とか、ゲストブックへの記帳っていざという時に大事な気がしてきた。
いずれにしても総領事通いは不要になり、その点はほっとしていますが
飛行機そのものも水曜日まで座席がないと言う話
なんとかキャンセル待ちで並んでみるつもりです
ちょっと疲れたので暴露話はまた後で
(実は下書きはしてあります)
7月 4, 2004 日記 | Permalink | コメント (14) | トラックバック (0)
既にアップルとその周辺のニュースを取材し始めて15年近くになる。
私より古くから取材している方はいっぱいいるが、さまざまな発表会現場やその時代の重役の方々のインタビューなどをこれだけ継続的に取材してきた人間は日本はもちろん、海外でも少ないということはちょっとだけ自負しています。
ところで、これだけ長いこと取材をしていると、それだけ裏話も多い。
前のエントリーで、そうした裏話をちょっとづつ書くと約束したのでそれを実行したいと思います(でも、下書きしたままになっていたので、後のエントリーよりも下に表示されてしまった...みんな気がつくかな?)
前ふりが長い割には忙しいこともあり短いお話なのですが...
アップル社が互換機戦略を始めたすぐ翌年(だったかな?帰国後、細かいチェックをして修正します)、
Power ComputingやRadius社につづいて、なんと日本からもパイオニアがMac互換機の第1号を発表しました。
互換機戦略はもともとアップルでは出せない特徴を持ったMacをつくって、Mac市場を拡大するのが目論み
Radiusが映像処理に強いMacを出したように、パイオニアは音の良さで勝負を仕掛けてきました。
そのパイオニアの互換機1号の発表会、たしか、場所は経団連会館だったでしょうか?
発表会場には新聞社各社からテレビ局もやってきて、狭い部屋は外にまで人が溢れている状態。
私は1990年頃からビデオ取材を続けているので、この日も発表会場の一番後ろに三脚を立てていました(あのテープはどこへ)。
会場のざわつきが静まり、司会から「えー、まもなく発表会を始めますので今しばらくお待ちください」のアナウンスが流れて2〜3分ほど経った頃、一瞬、会場が真っ暗になります
プレスの方からも「おー!」という歓声が。
当時のアップル社はCEOこそスティーブ・ジョブズではありませんが、地味なCEOを支える副社長らが凝ったジョブズ並に凝った演出での基調講演をしていました。アップルの基調講演に、まるで大掛かりなショーを見るかのような楽しさがあったのは今も昔も変わりないのです(むしろ、この頃の方が演出の小細工に凝っていたかも知れません)。
でも、パイオニアも、やはり、Macの互換機と言うだけあって、アップル社の派手な演出の影響を受けたのか、これはこの真っ暗な状態で新製品にいきなりスポットライトが当たって、いきなりBGMと共に製品が発表されるのかと誰もが思い、周りのテレビ局のカメラは「おいおい、どっから出てくるの?聞いていないよ」と騒ぎ出しています。
でも、しばらく会場は真っ暗なままで、取材に来たプレスもざわざわし始めます。
しばらくすると会場の奥から「スイッチどこー」という声が聞こえてきます。
そう、ただ単に誰かが間違って会場の電気のスイッチを切ってしまっただけのようです。
そう思って緊張が緩むと、背中の当たりに突起物の感触
手を後ろに回して突起を上に持ち上げると(もしかしたらボタンだったかも)、その瞬間、会場が明るくなり、無事、発表会が始まりました...
というなんともお恥ずかしいお話です
それにしてもたった1個のスイッチで小さかったとはいえ発表会場の全部の電気が消えちゃうなんて..
7月 4, 2004 アップル影の歴史 | Permalink | コメント (1) | トラックバック (0)
WWDC、マーロン・ブランド、シャラポワ(@ウィンブルドン)と書きたいことはいろいろありますが
この後もしばらくbloggingはお預けかな...
久々に超特大級の大失敗をしました。しかも、運の悪さも特大級。
昨日、GoogleAdSenseのチェックをキャッシングしようと、わざわざスーツケースの奥からパスポートを出してきてポーチに入れていいたのですが、そのポーチを(おそらく食事した先で)なくしてしまいました。
今日のサンノゼからの帰りの飛行機はとりあえず諦めたのですが
それにしてもパスポートが出てこない場合、
今日は土曜日、明日は日曜日で総領事館が休み
しかも、日本総領事館は明後日も4日の独立記念日の振替休日でお休み
さらに過去の記録では片道渡航用パスポートの発行に1週間かかるケースも...
おまけに飛行機の方もしばらくはいっぱい...
「The Day of Collaboration」にも行きたいので
なんとかパスポートを見つけ出して、明日、飛行場でスタンドバイ(キャンセル待ち)をして
帰りたいところです...
最近、流行のorz(←落ち込みポーズ!?)、まさにそのもののシチュエーション
関係ありませんが、drikin.comの青木君と、iChatの「交信終わり」の挨拶として「dh2(=ではでは)」の普及を促進中です
既に4〜5人巻き込みました
不謹慎のようだけれど、徹夜で八方手を尽くした後で、後はレストランに人が現れるのを待ったり
それで見つからなかったら、警察そして総領事につながりがありそうな人をあたるだけ...
もっとも、このように時間は(欲しくないのに)できてしまったので、これから1泊延泊するごとに、過去15年の取材の失敗話を1話づつ公開していこうと思っています(今晩から始めます)。
Pioneer互換機劇的発表の瞬間と「iMac DV発表日の『それ、ちょっと待った』」の話、どちらがいいですか?
これからは恥ずかしい過去を暴露してお笑いキャラに転じるかな...
7月 4, 2004 日記 | Permalink | コメント (4) | トラックバック (0)
毎年恒例のアップル社主催の開発会議、Worldwide Developers Conferenceが開催しており、日曜日からその取材でサンフランシスコにいます。
drikin.comでは遊んでいる写真ばかりが写っているようですが、それは1日の間のほんの1〜2時間で、それ以外の時間はほとんどホテルに缶詰で仕事をしています。
今回、一番時間をかけたのが、MacPeople誌のWWDCレポート。
WWDCの開催は28日ですが、MacPeople誌の発売は29日で、WWDCでの重大ニュースを伝えることができない。これではわざわざ同誌を買ってくれた人に申し訳が立たないし、なんとか発売日を変えられないかと粘ったものの、それは出版社的にどうしてもできないことらしい。
それなら、なんらかの形で同誌を買った人だけが読める形で速報を提供しようと提案してやることになったのが今回の速報。
明日も朝が早いのに、朝5時まで原稿を書いていると、提案したことをちょっぴり後悔しないでもないが、何通か暖かいメールをいただけたことにかなり勇気づけられて最後の原稿をしあげることができました。
ちなみに私は最初の提案だけでどんな体裁になるのかわからなかったのですが、PDF形式で配られることになったようです。Webページでもない、紙でもないPDFという媒体が、これまでのMacPeopleの記事とはちょっと違ういい感じを出している気がします。
普段のMacPeopleの速報では、紙面スペースの都合で絶対にカットされるようなディテールがしっかり盛り込めるし、Webに比べて文字の表示もきれいだし、高解像度の写真も使えているようです(ただし、ファイルサイズは10MB超とかなり巨大なようです。ブロードバンド大国日本だからこそ成り立つメディアでしょうか。ホテルでは1MBのファイルを送るだけでも数分かかりイライラしています)。
私の方でも、ちょっと原稿の書き方に工夫をしてみました。
おそらく速報ニュースは既にいろいろな媒体で出ているはず。その一方で、アップル社のWebページに詳細な情報が載っています。
Web媒体の方々は、どこの方もそれぞれの個性をいかして大変いい取材をしていらっしゃいます。それと競い合うというのはWeb上では意味のないことであり、できれば、他の報道とアップルの公式情報の間を埋めるような情報が提供したかった。そして何よりもジョブズの基調講演のおもしろさや臨場感を伝えたかった。
そこで今回のレポートではジョブズの表情や、製品説明の行間にこめられた「含み」の部分に重点をおいて記事にさせてもらいました。
本当はまだまだレポートしたいことがあるのですが、時間の関係で、続きは7月末売り号の誌面にてお届けすることになりそうです。
興味のある方、MacPeople最新号を既にお持ちの方は、おそらくCD-ROMの解説ページかどこかに、購読方法が書いてあるはずなので、お暇な時に読んでみて頂ければ(そしてアンケートなどで意見を頂ければ)幸いですーーMacPeople編集者はなぜかiChatを使わないので聞けません...
アップルのハードとOSはどんどんイノベート(革新)しています。
Macの雑誌もついつい同じような記事を繰り返しがちですが、もっとイノベートできるはずだと思います(←私はいつもあまりに突拍子もない企画を出しているので、それはそれでほとんど企画が実現しませんが...)
7月 1, 2004 Mac | Permalink | コメント (6) | トラックバック (0)
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