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2008.02.24

直感力こそ大事

Japanese Garden@Ohori Park
月曜日、九州大学で行った学生向けセミナーで、外村仁さんが非常に重要なことを言っていた。

「直感力を大事にしろ」

こういうことを言うと「当てずっぽうということですか?」とか「そんないいかげんな!」という人がいるという。だが、実際、最後にモノを言うのは、この直感力ではないだろか。

私の知る人で、この直感力が鋭い人と言えば外村さんもそうだが、
元アップルの前刀さんもスゴい。
例えば彼が昔いた某メーカーの新製品なんかについて意見を求めると、すぐに「あ、あれはいいね」とか「いや、あれはダメでしょう」といった答えが返ってくる。

 返答があまりに早いので、適当に答えているのかな?と思うと、「〜〜の部分のつくりがしっかりしている」とか「あれはきっと製品イメージをよくしようとして、初期のロットはかなり部品もいいものを使っているんだろう」といったことをスラスラと答える。そして、それを聞いているそのメーカーの人が「その通り」となる。
メーカー品だけに限らず、ちょっと野生の勘のようなものを感じることがある。

それに例のあの人、スティーブ・ジョブズが、まさにこの直感の人である。
 Mac OSチームに古くからいるエンジニアの友人も「言われて悔しいこともあるけれど、確かに彼の直感の通りにすると、なるほどそれが正しい、と思わされることが多い」と語っていた。
 最近の著書でも書いた開発中の部屋にズカズカズカっとジョブズが入ってきて「このボタンをもう少し大きくして真ん中に置いた方がいい」と言われた人物だ。


以前、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)がApple Store Ginzaで「知デリ」というイベントを開催した。
某雑誌でレポートする予定が、新製品のニュースで流れてしまった。
ただし、このセミナーの内容は、非常におもしろく今でも深く記憶に残っている。
特に京都大学大学院理学研究科教授でゴリラの研究をしている山極寿一さんのお話は、ぜひまたお聞きしたい。

セッションが終わった後、どういうコンテクストだか忘れたが、ゴリラにとって「善悪」、「好き嫌い」それから何かもう1つの中では、どれが一番反応が早いかと聞かれた。答えは「好き嫌い」だという。何故なら「好き嫌い」は直感であって、頭で理由を考えたりする必要もないからだ。
直感というのは、DNAに組み込まれた記憶だったり、過去の積み重ねられたリアルの経験から生み出されてくるのではないだろうかと思っている。

 ある程度、世の中の摂理や法則も、ある程度、リアルの経験を重ねていくと、脳だか体だかの細胞に、それに対する反応のプログラムが組み込まれていき、そこから直感力が生まれてくるんじゃないか。

ただ、そう考えると、ちょっと絶望的な気分にもなってくる。
日本での教育というと、この21世紀になっても、未だに対受験戦争の詰め込み教育なのだ。

 教科書に書かれた図と文章だけで、多角形の内角の和が何度とか、高気圧から低気圧に向かって風が流れるとか、そういうことを教えようとしている。

 子供たちに真剣に学んでもらおうと考えているカリキュラムなら、実際に紙とハサミで多角形をつくらせ、それをバラバラに分解して角を集めて「ホラ、何度」とやってみたり、
実際に高気圧と低気圧をつくりだして、空気の流れを可視化するとか、そういった教育をしていることだろう。

 でも、この国ではそうした本質を見誤って、日本という狭い社会で、それも1〜2回限りしか通用しない受験というくだらないもののために、相変わらず、くだらない詰め込み教育をしている。

 受験、詰め込み教育がくだらないという議論は、私が子供の時分からあったのに、この少子で学校が生徒を欲しがる時代になっても、まだ続いているのだから、この問題は相当に根が深い。

 政府もロクでもないと思うし、学歴でしか判断できない人事の人間もどうしようもないと思う。
 ただただ与えられたカリキュラムをこなすことが教育だと思っている教育者にも困ったものだし、「ことなかれ主義」で現場の教員の工夫の芽を摘もうとする学校運営者にも困ったものだ。
 それに、なんとか生き延びようと、あの手この手をつくす塾産業との癒着とかもあるのかもしれない。
 だが、もはやそんな連中が更生するのを待っている猶予はない。
 世界は着々と進化を続けていて、日本だけがそこからどんどん取り残され、すべてのコンテクストが変わった今でも昭和を引きずり続けている。
 もはや、政府だ官僚だは頼れない、と十分わかってもいいはずなのに、完全に思考停止をしていて、とりあえず教育費だけ払って後はお任せにしている親が多いのも大きな問題なのだろう。

 日本がそうした状態で停止している一方で、コロラド州の教育者や親達が発端になり、世界中の親が未来の教育について真剣にディスカッションを始めていることと比較すると、なんだか悲しくなってくる。

これは九大のセミナーでも見せた、有名な「Did You Know 2.0」のビデオだ。コロラド州の教育者達が、これからの教育のあり方を問うために、自主制作した:

 直感力を養うリアルに基づいた教育と言う点で言うと、このビデオも必見だ。

ご存知、「パーソナルコンピューター」という言葉の生みの親、アラン・ケイの生み出したコンピューティング環境、「Squeak」を使った教育方法を紹介したビデオだ。

日本でのSqueakの紹介のされ方は「子供でもプログラミングができるすごいパソコン言語」と、Squeakの言語としての凄さに注目したものが多いが、本当に注目すべきは、彼らがそれを使ってどういう教育をしようとしているかだ。

44分ほどあるビデオを全編みる余裕がない人は16分50秒の当たりから再生して欲しい。
ここから子供たちは重力の勉強をする。
ボールが屋上から落ちる様子をよく観察する。時分の目で、何度も確かめる。
その後、ビデオカメラで撮影した落下の様子を、みんなでもう1度、観察し、気がついたことを話し合う(19:40秒)。
つづいて、生徒達は、簡単にプログラミングができるSqueakを使って、ここでみた自然現象(つまり引力による加速)をプログラムを使って再現してみせるのだ。

リアルな体験ー>観察ー>話し合いー>咀嚼といったプロセスを経ることで、
教科書に「落下する物体は地球の引力によって加速する」とだけ書かれた文章を読まされるだけの子供とは異なる直感力が養われるような気がしてならない。

そして、もしそうだとしたら、これから先の日本にますます不安を覚えざる終えない。

発展途上国の政府を通して配られる予定の100ドルPCでは、Windows版もつくられているが、少なくとも現行バージョンにはSqueakが標準で搭載されており、OLPC本体と一緒にアラン・ケイの実験校で生み出されたカリキュラムが輸出される可能性もある。

日本よりもはるかに物価も安く、子供たちの人口も多く、はるかにリアルな体験の多い発展途上国の子供たちが育つ頃、果たして日本は「先進国」の座を維持できているのだろうか?

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2月 24, 2008 opinion, 文化・芸術, 経済・政治・国際 | | コメント (5) | トラックバック (1)

2008.02.23

アート作品になった私

2008022316530000.jpg

ものすごく遅い告知で恐縮だけれど、1月26日から2月26日まで、初台の「WAKO WORKS OF ART」で開催されている展覧会に、小さい頃の私が登場している。

同ギャラリーの15周年を祝って開催している展覧会の第3弾
「WAKO WORKS OF ART: 15 Years / Part III」だ。

Room 1では、
写真家、Wolfgang Tillmansの「paper drop」というのシリーズやChristopher Williams氏の写真、「Velosolex 2200 Nr. 2 」、Henk Vischの不思議な形のスカルプチャー作品、「Names (Nour), 2007」が展示されている。

Tillmansといえば、3年ほど前に、すぐ近くのオペラシティーアートギャラリーでも個展が開かれた写真家で、光の陰影が美しい作品。

Christopher Williams氏の写真は、電動機付き自転車、VéloSoleXが持つメカとしての美しさをドラマチックに描き出していた。

 Henk Vischのスカルプチャーは、なんだか心に焼き付けられてしまう。あの形を見て、なんだか宮崎駿的なものを感じてしまうのは私だけだろうか?Namesという名前ののっぺらぼうのような白い物体を見て「千と千尋の神隠し」の顔無しを思い出してしまった。
 そういえば、なんだか、すぐ近くのICCに展示されている岩井俊雄のマシュマロスコープにも似ている。

私が登場している作品はRoom 2にある。

Fiona
[WAKO ART OF WORKSのWebページ。下にある01〜08の番号で表示する作品を切り替えられる。Fiona Tanは08]


Fiona Tanの「Vox Populi, Tokyo, 2007」という作品だ。

Fiona Tanは、世界のいろいろな都市に住む人々の家族写真を集めては、それでコラージュ作品をつくっているアーティストで、私も5〜6冊ほどの家族アルバムを提供しました。

提供した写真は昨年9月のミュンヘンPinakothek der ModerneでのFiona Tanの個展で展示された。
今回、WAKO WORKS OF ARTで行われている個展でも、そこで使われたのと同じ写真が数点使われている。

私が確認した限りだと、九州大学にも縁がある祖母の写真が1枚。
そしてドイツ・デュッセルドルフ時代、生まれたばかりの妹を、椅子の上に座って抱えている連続写真が2枚、
そしてそれから二十数年後の息子を掲げ上げている写真が1枚(私は腕だけ写っている)。

Vox Populiでは、毎回写真の並べ方に特別な意味を持たせている。
それは風景だったり、時代だったり、ある緩やかな規則を持って写真が並べられているのだが、
果たして今回の展示には、どんなテーマがあるのかおわかりだろうか?
ギャラリーを訪れた人はぜひ考えて欲しい(答えがわからなかった方は、ぜひギャラリーの方に尋ねてみよう)。

Room 2に展示された、もう1つの作品は横溝静のビデオ作品「Flow 2007」。
同じ場所に立ち続ける作家を映し出した2つの映像。
片方は遠目から数倍速の早回しで、片方は口元だけのアップを実倍速だかスローで映し出している。
ビル・ヴィオラの作品は、超スローモーションで描き出す、一瞬の表情の変化を捉えたものが多かったが、
その一瞬の積み重ねが都会のコンテクストの中ではあっという間に通り過ぎていくーーと作家はそんなことを伝えたかったのだろうか?

2008022315290000.jpg

 今日は春一番だかで風が強く、新宿駅からの道中は看板が飛んでくるし、小石が飛んでくる氏で大変だった。
WAKOのギャラリーについたところ、ギャラリーの外でスタッフが必死になって飛ばされそうになっている板を抑えている。風で、ガラスが割れた上に、ドアが引きはがされてしまったようだ。私が鑑賞した後、Room 2はシャッターを降ろして一時閉鎖されてしまった。

 その直前のギリギリのタイミングで、あの作品を見ることができたのは貴重な体験かもしれない。
 もし、余裕があれば展覧会の最終日で、息子の誕生日で、新刊書の見本をもらえる2月26日にもう1度、訪問してみたいと思う。

人によってはすぐに見終わってしまうので、どうせ行くなら、一緒に東京オペラシティーのICCやオペラシティーアートギャラリーにも寄るといいだろう。
ICCは現在、企画なしの常設展だけなので、無料で楽しめる。
オペラシティーアートギャラリーは池田満寿夫の「知られざる全貌展」をやっていた。

 風でパニック状態で、ギャラリーの外観を撮影しようと思っていて忘れてしまったので、ひきはがされたドアの写真以外は、例によって関係ありそうで、あんまりない写真で失礼。

 Flickrのストックに1枚だけ、関係ある写真があったが、これは昨年5月に開かれたFiona Tanの「News From Future」というビデオ作品が展示されたときのものだ。この作品も非常によかった。

2月 23, 2008 アート | | コメント (1) | トラックバック (1)

2008.02.22

メールとコスト

この1週間、大量のメールを溜込んでしまった。

ずっと、移動やイベントが続き、1日でメールをチェックできるのは、朝起きたときに1回、日中2~3回、帰宅してから1回くらいで、とりあえず翌日の予定の返事を出すのが精一杯という日々。

 今、ようやく1週間分のメールの返事を書き終えた(と思う)。短時間で大量に処理したので、中には迷惑メールだと思って削除したところ、友人からのreplyがあったのを見て「大事なメール」だったと気づかされたものもある。
 もし、メールの返事がまだ届いていない方がいらしたら、お手数だが、もう1度、メールをして欲しい。

仕事を再開しなければならないが、頭痛と四十肩に悩まされ、なかなかエンジンがかからない。
仕事の前のウォーミングアップして前の記事を書いたが、
いざ、仕事に戻ると、中断したところまでの原稿を読み返すことができない(目の焦点をあわせつづけるのが疲れる)。
なので、メールに関する業務連絡をかねて、普段は1日1本以下のnobilog2だが、もう1本ブログ記事を書く。


 いろいろな場で語っているが、私にとっては既にメールは破綻したコミュニケーション手段だ。

 1日の受信数が少ない人は、今日の電子メールで十分機能することは知っている。'90年代は私もそうだった。だが、メインのメールアドレスは1996年頃に独自ドメインを取ってから使いつづけているもので、SPAMリストへの登録も多い。しかも、4文字のドメインの予想しやすいアドレスなので、宛先をランダム生成したと思われるメールも大量に送られてくる。
 最近では迷惑メールをすべて取り除いた後のメール数も相当の数に登る。

 メールの問題点は、重要なメールでも「さきほど頼んだ原稿の文字数は20文字x25行です」だけの1行メールでも、平等に画面上の1行を占有すること。そして、それによってメール1通を画面の外に追い出してしまっていること。
 それだけに、この多メール時代、マイクロソフト社がOutlookやEntourageで採用している3カラムビューは、1画面に多くのメール件名を表示できるという意味で画期的ではる。
 同じことをMacで実現するWideMailについては、こちらのブログをどうぞ:

DriftDiary 12:Leopard Tips: Mail.appを3カラムにしよう 

ただ、これも本質的な解決ではない。

hara museum, art cafe

本質的な解決は、メールの本数を減らすこと。
そのためには、メールに対するコスト意識を高めること、あるいはメールに代わるコミュニケーション手段を広めることの2つの方法があると思う。

ビジネス雑誌に生まれ変わった月刊アスキーは創刊号から読んでいるが、いくつか印象に残っている記事がある。
1つは、2号にまたがって行われた古川享さんと中島聡さんの対談記事で、これは大勢の人に読んで欲しい記事の1つ。

もう1つは「数字で見るIT」という連載(名前うろ覚え)の第1回目か2回目くらいの記事で、みんな会社にいると、どんどんccをつけて気軽にメールを回してしまうが、実はそれはものすごくコストがかかっているのだ、ということを、金額をはじき出して解説していた(今、手元に月刊asciiがないので、著者の方の名前は後でコメントでフォローしよう)。

メールに代わるアプリケーションは、

メール+Wiki+RSS+Skype的なものになるような気がする。

A:「来週のミーティングはいつにしましょう?」
B:「火曜日で」
A:「時間は?」
B:「午後1時かな」
A:「場所どうします?」
B:「じゃあ、会議室1で」
A:「了解です。そうしましょう。」
B :「楽しみにしています」

こんなチャットみたいなやりとりで、メール画面を8行潰す代わりに、最初のメールを送った時点で会話に参加している人の間のチャンネルが開かれて、あとはそこをWiki的に編集。すると、メーラーみたいなものにRSSで更新をしらせてくれる印が表示される、とか、そんな感じだろうか。

メールもここまで普及してしまっているし、置き換えることなんて不可能だと思っていた。

しかし、iPhoneだ、Androidだといろいろと新しいデバイスが出て、世の中の風景が大きく変わろうとしていると思う。これをうまく追い風にすれば、一気に置き換えることも可能なんじゃないかと思う。

本当はこれを自分でやりたいが、なかなかその余裕がない。

おまけに、既に何人かの友人に話したところ、実際に開発を始めちゃっているところもいるみたいで、ちょっと焦りを感じていて、それならいっそブログでオープンに提案しちゃえ、とこの記事を書いた次第。

それよりも、今、大事なのは、この後、仕事に戻れるかだが、今度は腰が痛み始めてきた。

ちょっとマッサージに行って、体をメンテナンスしてこよう。

Google Massage

2月 22, 2008 | | コメント (0) | トラックバック (2)

教えることは学ぶこと。与えないことは教えること。

Oohori Park

 今週は外村仁さんと一緒に九州大学で講演をして以降、今朝の3時くらいまで、非常に濃密な時間が続いた。1日できるメールチェックも3〜4回が限度で、帰るとホテルのベッドに倒れ込む日々。実は今もまだ目の焦点がなかなかあわないくらい疲れている。

 「iPhoneショック」や「スティーブ・ジョブズ〜偉大なるクリエイティブ・ディレクターの軌跡」といった本のおかげで、最近は講演や紙、音、映像媒体に執筆以外の形で露出することも増えた。

 おそれ多くも講演をする機会も増えた。
 これまでいくつか行ってきた講演を通して、つくづく思うのが教えることは、教わることでもある
ということ。それも非常に多層的に自分のためになるのだ。

 まず、教えるためには、ある程度、自分の考えをまとめ、資料を集め、構成を組み立てなければならないので、自分の手元に重要な情報の山ができあがる。これだけでも非常に重要な資産だ。

 もし、あなたに興味はあるけれど、苦手なトピックがあれば、社内勉強会などで、あえて講演者を買って出るのもいいかもしれない。

 先日、取材しCNet Japanに記事を書いたデブサミで、あまのりょー氏が、社内勉強会や社内ライトニングトークについて、話していたが、これは非常にいい試みだと思う。同氏の会社では、ちゃんと予算枠も用意しているということだが、予算だけでなく、社員が講演用の下調べをする時間なども認めてあげるといいかもしれない。
 
10人のエンジニアが見せた開発者コミュニケーションの最前線--「コミュニケーション 2.0」:ニュース - CNET Japan

Mt.Fuji?

 講演を行うことの2次的なメリットは、聴衆の反応を見たり、質問を受けることで、さらに「なるほど、そういう視点もあったか」、「たしかに、そこは重要なポイントだ」といったことを学べることだ(そして次の講演で生かすことができる)。
 そして講演をすることによって、いろいろな方と出会い、交流が広まることも大きい。

 もし、上にあげたような社内勉強会での講演が実現できたら、社内の人だけを相手に行うのではなく、興味のある外部の人に公開してみるのも面白いかもしれない。


さて、話は全然変わるが、最近、いろいろなところで話にあがるのが、
ベンチャーに最初からたくさんのお金を与えるべきか否かの話。

 最近、アメリカでは、「最初からあまりお金を受けない方がいい」という考え方が主流派。
 その「こころ」は、以前に書いたTwitter創業者の話を読むとわかりやすい:
CNet Japan:ティム・オライリーとTwitter創業者が振り返る「失敗」つづきの道のり


伊藤穣一氏も、THE NEW CONTEXT CONFERENCEの2回目くらいから、熱心にそれを説いている。
そちらの講演の内容は、このCreative Commons公開されている本で読むことができる:

WEB2.0の未来 ザ・シェアリングエコノミー WEB2.0への道 3
WEB2.0の未来 ザ・シェアリングエコノミー WEB2.0への道 3伊藤 穰一 デジタルガレージグループ


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「iPhoneショック」の中で、日本のケータイづくりはキャリア主導なので、
メーカーが本来、気にするべき「ユーザー」に目を向けず、
どちらかといえば「キャリア」の方を向き、キャリアに気に入られる製品作りを考えてしてしまっていて、それが問題だ、と書いた。


それと同じ構図は日本の(政治の)そこかしこにある。

例えばNPOやNGOの扱いもしかりだ。
じっくり話しを見ると、本来の目指していた目的よりも
政府関連機関からもらえるお金をいかに引き出すかばかりに
目が向くようになところが増えていたりしてガッカリすることがある。

 
 そうではなく、いい仕事をすれば、ちゃんとそれを見つけてくれる企業がいて、
営利目的だったり、税金控除が目当てで、お金を投入する、という流れが、もっと活気づけばいいのだけれど...

何か政府系の人達が、アクションを起こすと、余計なところまで世話を焼きすぎて、
ものごとをダメにしてしまうことが多い気がする。

時には無駄に与えないことこそが、(そして、それによって苦労してもらうことこそが)
一番、多くを授けることにつながる、とも思うのだが...


でも、役人なのか、公務員なのか、政治家なのか、そういうことをぜんぜんわかっていない人が多すぎるような気がする。

最近では、「クールジャパン」というメッキがはがれ、日本が(特に日本の政治が)こういうことばかり、繰り返すダメな国ということが世界にバレ始めており、それが日本の経済にも深刻な影響を与えそうで心配だ。
 デブサミでは、サイボズウラボの秋元さんが、日本のクールな情報を発信している英語ブログをたくさん紹介してくれたが、実はその一方で、最近ではマスコミも伝えない日本のダメっぷりを世界に発信しているブログも多い。
 ブログが広まった今の世の中は、何か「嘘」とか「建前」のことをやっても、すぐにメッキがはがされてしまう時代。
 すべての人が、全力で、真剣に腹の底から話をして、行動をおこさなければならない時代に入りつつあるのに、未だに日本の政治は、どこか関係のないところで、まるで外の世界なんかないかのように空回りを続けている印象がある。


Japanese Garden@Ohori Park

寄付と言えば、「私はお金のために仕事をしているのではない」と主張するスティーブ・ジョブズが年間1ドルしか給料を受け取っていないのは有名な話だが、
それ以上にすごいのが、ブログも人気の元マイクロソフト社の古川享さんだ。伝記を出して欲しい日本人No.1だ(九大、坂本さんの奥様、いかがでしょう?)

マイクロソフト社入社前、アスキーに長い間、貢献してきた古川氏は、マイクロソフトに移る前に、アスキーにも十分、貢献したしと公開直前のアスキー株のオファーを受けるのだが、それを潔しとせずに断ってしまう(数十だか数百億円にはなったはずの株式だ)。

伊藤穣一さんが、よくクリエイティブコモンズの話をするときに言う「要するに、それが受け入れられるか、気持ちが悪いかという問題」だ。

私が気持ちが悪い問題と言えば、自著のアフィリエイトで儲けてしまうことには(他の人がやる分にはぜんぜん問題ないけれど、)自分がやることだけに関しては、なぜか気持ちが悪いものを感じてしまう。
 アメリカ人の友人に「本の印税よりもアフィリエイトの収入の方が大きいって本当か?」と聞かれて(それはおそらくアメリカだけの話)、「へ?」っと一瞬後悔したが(笑)。この記事でも、やはり、入れる気にはなれなかった。

 ところが困ったことにAmazonでは、他の本の紹介でamazonに行った人でも、つづけて私の本を購入してしまうと、その分のアフィリエイトが私に入ってしまう。

 こんな、あまり更新もしていないブログなので、たいした額ではなく、まだ数百円のレベルだが、これはいずれある程度、まとまったら好きなNPO/NGOの寄付に使わせてもらおうと思う。

 別に聖人ぶるつもりはなく、まさに「気持ち悪い」の問題。
 その証拠に、最後にはちゃっかりとセミナーの宣伝をさせてもらおう。

最後にちょっとだけ、来月の講演の宣伝です。
安くはないセミナーなので会社の「予算」で参加できる人限定で。

3月18日:~2008から2009年、携帯市場は激動する~
「iPhone+Androidの衝撃」にどう立ち向かうか?


P.S.中程の日本のメッキがハガれるという話では、池田信夫さんのブログの、この記事は読んでおきたい。「なぜ日本は失敗し続けるのか」。時折、論調が攻撃的過ぎたり、否定的過ぎたりするため、若手ブロガーの間では不人気な同氏のブログだが、私はたまに読めるこういう記事のためにRSS購読をしている。

2月 22, 2008 opinion | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.16

週明けは九州大学

Fukuoka Art Museum

(写真は福岡市美術館に置かれたパブリックアート作品ーー作品名と作者名調べてこないと...)

月から来月にかけて各種イベントや講演、セミナーの予定がいくつか入っています。
そのスタートを飾るのが、18日(月)の九州大学で外村さんと行う講演です。

九州大学の学生の方々が企画し、構想を練り、人を集めて行う講演で、それだけに責任重大。
「土日は休むぞ」宣言もこの週末は返上です(実は先週も少し...)。

以下、同学のQREPというプログラムに参加する学生の具島さん、池邉さん、江嵜さん、島松さん、藤川さんらが頑張ってつくってくれたイベントの案内から引用します:

「世界の風を感じて、ネットワークを広げよう !!」

経営コンサルタントである外村仁氏とITジャーナリストの林信行氏が九州大学で
・  世界マーケット vs 日本マーケット
・「日本はもはや凄くない」という世界認識の広がり
・「日本はやはり凄い」と言わせている日本人達
などのコンテンツで少し高い視点から眺める時代の変化、世界の変化から読み取れる現状、世界の中の日本についてお話します。

私もよく知らなかったのですが、QREP(九州大学・ロバートファン・アントレプナーシップ・プログラム)は、「学生に対する起業家精神(チャレンジ精神等)、国際性涵養等を目的とした教育プログラム」だそうで、検索をしてみると、これまでにもいろいろとおもしろい試みをしてきているようです。


学生向けのセッションに加え、社会人の部もあります。
段取りなど、私もちゃんと把握していない部分があるので、九州大学ビジネススクールの坂本さんのブログに振らせていただきます:

九大ビジネススクール生の大学発VB日記:緊急ITセミナー(ブログから始まった編)

 こちらの九州大学をはじめ、以前、キャスタリア社長の山脇さんに教えてもらった立命館アジア太平洋大学など、九州には、おもしろいことをしている大学が多いと思っていたところでした(ちなみに「なかのひと」というサービスによると、こちらnobilog2には、九州からも多数のアクセスをいただいているのですが、そのほとんどは大学機関から。ここ1週間ほどでも九州+沖縄の10以上の大学からアクセスをいただいていたようです)。

 「クリエイティブ・クラスの世紀」の中で、著者のリチャード・フロリダ氏は、世の中はフラットではなくてデコボコ。シリコンバレーの中心にスタンフォード大学があるように優秀な人材が集まる磁場を持った場所がある、といった話をしています。

 実はシリコンバレーでは、大学卒業後の社会人に対してもO'ReillyやGoogleがそういう場を提供しているんじゃないかと思っているのですが、最近、元気のいいニュースが多い九州にもそんな力があるのか。ちょっとそんな思いも抱きながらの福岡訪問になりそうです。

Oohori Park

東京生まれ東京(+欧米)育ちの私ですが、父方は福岡に(それも九州大学に)、母方は函館にゆかりがあります。

 それなのに九州に行ったのは、小学生の時にドイツ在住時代の大家さんを連れて1回、高校のときの修学旅行で1回(受験校だったので日中はお決まりコースの観光、夜はホテルで勉強でした...)、その次はApple Store Fukuokaのオープニング取材で1回と、これまでわずか3回だけ。
 約2年前のApple Store Fukuoka取材時は、取材後、電車に飛び乗って福岡市美術館とか大濠公園とか探検してきましたが、今回はもうちょっとだけ回る時間があるかな。
 前回の大濠公園ではじっくり陽が沈む様子を楽しんで贅沢な時間が過ごせました(ただ、カラスだらけの島があって、ちょっと不気味だったけれど...)

 とりあえず、講演の準備と、講演の間、止まってしまいそうな他の仕事を週末進めます...

 来週からは本当に「土日休むぞ!」(南から北へで、家族で北海道行く予定だし)。

クリエイティブ・クラスの世紀クリエイティブ・クラスの世紀
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2月 16, 2008 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2008.02.14

レビュー再考

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ここのところ、ブログをぜんぜん更新していないことからもわかるかもしれないが、仕事が遅れ睡眠不足の忙しい日々が続いている。
ただ、それは出版社や編集部も同じようで、先週書いたレビュー記事がようやくITmediaに掲載された。

賛否両論があるレビューになることはわかっていたので、
記事が掲載されたら即時、ブログでフォローしようと思っていたが、なかなか掲載されない。

なので、「今日も掲載されないだろう」と思っていた。
朝9時半のメールチェックが最後で、その後、夜中の12時過ぎまでインターネットに接続する機会がまったくなかった。夜中に帰宅して接続したら、いつのまにか記事が掲載されていて、案の定、話題になっていたので、本当は原稿を書かなければならないところ、ITmediaに迷惑をかけないように簡単にこちらでフォローをしておこうと思う。

MacBook Airから見える新しい風景


 このレビューを掲載したITmediaさんの勇気は賞賛したい。
 リード部分で「林信行氏がMacBook Airに対する思いを織り交ぜつつ、その思想的背景に迫る。」と書いた当たりに、編集者の間での「これをこのまま載せていいのか」というディスカッションがあったことが伺える。当たり前だろう。私も、載せられないなら載せられないで、かまわないとどこかで思っていた。

 この記事には、私自身の「レビュー不信」、「スペックシート(&ベンチマーク)文化不信」といった数年に及ぶいろいろな思いを反映したもので、レビューであってレビューではない。レビュー以外のメッセージもたくさん込めたつもりだ。

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最近、本を数冊書いたことで、やたらと丁寧に接してくださる人が大勢いる。
それはそれでうれしいが、「先生」などと呼ばれると、違和感を感じてしまう(*1)。
そして、あまのじゃくな私は逆に、何か正反対なイメージのcontroversialなことをやりたいと思ってしまう。そんな中、ITmediaさんにMacBook Airのレビューを頼まれた。
「めちゃくちゃ仕事が溜まっていて、受けられそうにないけれど、もし好きなように書かせてくれるなら」と言ってみたところOKをもらったので好きなように書かせてもらった。

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 この記事の原点は、5年ほど前、私がMACPOWERという雑誌に出していた企画に端を発するのだと思う。
 当時、同誌のアドバイザーで、企画会議にも参加していた私は「レビュー再考」という企画を出していた。この頃からパソコン雑誌は、昔成功した記事の焼き直しばかりになってしまっていて、ちょっとつまらなくなっていると思っていた。
 なので、何かそうではないもの。新しい文化を生み出すものや、自分たちが築いてきた土壌を、もう1度振り返る記事がやりたかった。

 昔のMACPOWERはBROWSE REVIEWとPOWER REVIEWという2つのレビュー記事で定評があったが、「レビュー再考」は、その目玉記事すらを、もう1度、考え直してみようと問題提起したいと企画したものだった。

 なぜかと言えば、ほとんどのレビュー記事は嘘ばかりだからだ。

 雑誌にしてもWebにしても、ブログにしても、そもそもレビュー記事というのは嘘だらけだと私は思っている。実際、自分でいくつものレビュー記事を書いていても、嘘だらけだと感じている部分が多かった。
 質が悪いのは、ベンチマークテストの結果など、数値化できるものを載せていると、いかにもそれが客観的で公平なレビューだと思わせてしまうことだ。
 しかし、数字は、その後の解釈次第でいくらでも操作ができてしまう。
 自分でも多くのレビュー記事を書き、その度に悩んできたこともあり、私はだんだんと「客観的」を装うレビューが、悪いことに思えてきた。
 例えばあるベンチマークテストで、機種Aの方が機種Bよりも20%速いという結果が出たとしても、「機種Aは、機種Bと比べて20%も速いという結果が出た」というか「これだけ価格差があるにも関わらず20%しか差が出なかった」と言うかで、製品の印象がぜんぜん違ってくる。

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 私は「この世の中には客観的なレビューは存在しない」と思っている。
 それだけに、下手に「客観風」を装うよりも、「おれはめちゃくちゃエコヒイキな人間で今から偏ったレビューを書く。そのかわり、他の誰も書いていないような視点も盛り込んでいるので、共鳴してくれた人だけ勝手に共鳴してくれ」という属人的なレビューの方が正直に思えてしまう。

 もし、「レビュー再考」の記事が実現していたら、私がその中で、理想のレビューの1つとしてあげようとしていたのが、多視点的レビューだ。
 つまり1つの製品を、視点の異なる大勢の人に触ってもらい、それぞれの視点で一言言ってしまうことだ。
 実際に一部のパソコン雑誌が、これを行っているが、これが素直な多視点的レビューになればいいが、予定調和的になるとおもしろくない。
 ただ、編集者という人間は、「この製品のレビュー、他の3人の方がいいこと書いているんで、〜〜さんは、ちょっと悪い点も指摘してくださいよ」といった具合に「調整」をしがちなものだ。
 こうなってしまうと、とたんに「嘘」が入ってしまい、おもしろくなくなる。
 
 実はこちらもITmediaで書かせてもらった記事だが、これは多視点的レビューを、思いっきり稚拙な方法で実現したものだ:
トップブロガーたちによる「新MacBook Pro」速攻&即興レビュー

 多視点的レビューの最終的な目的は、読者のうちの5%か10%くらいにヒットするかもしれない「視点」を届けることだ。
 あとは、その視点をどのような形でパッケージ化するかが問題で、客観的レビューを装ってパッケージ化する方法が一般的だろうが、上の記事で意見を求めた人は、圧倒的にMacユーザーが多くて、およそ客観性を演出できる状況ではなかった。
 そのため、ならばいっそ「お馬鹿な読み物」風に仕立てた方が読みやすいかな、と思ってあのような形にした。


Good morning San Francisco

 私はまた、世の中のすべての人に相応しい製品はないと思っているし、世の中のすべての人を満足させるレビューも存在しないと思っている。

 パソコンにめちゃくちゃ詳しい人と、初心者の人とでは「高い」、「安い」の判断基準も違えば、「速い」、「遅い」の基準も違う。

 ただ、その一方で、すべての読者は、すべての記事が自分のために書かれたものだと思い込んでいることも理科しいている。

 偏見に満ちた偏ったレビューの長所は、記事の内容に共鳴できなかった人は「何を言っているんだコイツ」と思って記事を読み飛ばしてくれることだと思っている。

 例えば雑誌であれば「バカバカしい」と言ってページをめくってくれる。
 ところが、Web媒体だとここが難しいところのようだ。Web媒体だと、熱心な読者、共鳴できない読者が、自分には相応しくなかった記事に対して、ソーシャルブックマークなどで細かくコメントを書いてくれる人が大勢いる。
 ただ、これがソーシャルブックマークのいいところで、「+」と思った記事でも、「ー」と思った記事でも、とりあえずブックマークが増えていけば、それだけ読む人も指数関数的に増えていくので、もしかしたら、これはこれでありがたいことだとも思っている。

 この記事を機会に、本当に時代が求めているレビューは何なのかの議論が活発かすればいいな、と思う。場合によっては複数のブログ間で「レビュー再考」の議論が行われれば、それはそれで私の本望だ。
 

the ship

 まだ寝る前に仕上げなければならない仕事があるので(@3:51am)、書き足りないことはたくさんあるけれど、ここで議論を打ち切りにしようと思う。

 ただ、今から3:55amまで、「レビュー再考」の記事で議題にしようと思っていたことを、箇条書きにするので、もし、ブログで取り上げてくださる方がいたら、ぜひとも以下の点についても考慮していただければと思う。
 そうそう、実は、この「レビュー再考」のもう1つの派生系として、MacPeopleという雑誌で行っていたbossa macという記事では、コード名「偏見レビュー」というのをやっていた。

 いわゆる属人レビューで、ややフェティッシュに近いレビュー記事だ。
 「このアプリケーションにはこんな特徴がある。それは普通の人にとっては、どうでもいいような細かいところだが、自分にとってはそこがツボだった。」というのを取り上げて、製品の全体的仕様も解説も一切なし、偏愛している機能についてだけ、徹底的に熱く語ってもらうというものだった。
 お気に入りの企画で、何回かの連載の中で、最新ソフトが必ずしもいいソフトではない(場合によって、人によっては、わざわざ新バージョンを買った後でも、旧バージョンを使い続けている、といった新たな価値観を提示できたと自負している。漫画家のいしかわじゅんさんにはご迷惑をおかけしてしまいました。スミマセン!でも、B型だから、もしかしたら忘れてくださっているかな?と都合のいい期待(笑) )。
 ここまで偏った書き方だと、さすがにどんな読者でもヒットしない人は読み飛ばしてくれたので、そういう意味では潔かった。
 今回のITmediaは、むしろ平々凡々な普通のレビュー記事(これから執筆)を先に掲載した後に、前編がくれば、もう少しおとなしい評価だったのかもしれないが、ついつい自分で長年の思いを果たしたくて、前編が先になったのが、失敗と言えば失敗であり、(ビューを稼げたという意味では)成功だったのかもしれない。

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議題にしたいトピック:
他にも、まだまだ議論すべきトピックがあると思います。
以下は、トピックとして書きたかったけれど、時間切れでちゃんと書けない項目。
箇条書きにしておきます:

ーXbenchのような専用ベンチソフトなのか、それともアプリケーションの動作でベンチをとるべきなのか
 専用ベンチソフトの○:アプリケーションベンチではわからないような、CPU、メモリ、ディスクといったハードウェア要素の個別性能を視覚化できる(ただし、その後の解釈は属人的)
 アプリケーションベンチの○:CPUが20%高速と言っても、普通の人には、それが得なのかどうなのかわからない。それよりは旧機種で10秒かかっていたPhotoshopのフィルタ処理が約半分の時間で処理できた。試行錯誤の回数が増え、作品の作り込みがしやすくなった、という「使用価値」の評価の方が、普通の人にとってはわかりやす

ー評者の個性を出すべきか、出さないべきか
 私の考え、レビューにしてもニュースにしても、客観的なものは一切ありえない。下手に「私の視点は客観的です」と装うよりも、「私の視点は偏見に満ちています。だから注意して読んでくださいね」というのを演出としても出した方が、総和では満足できる人が多いのではないか。
 また「嫌い」と「好き」がきっぱりわかれて「感情の振幅」は大きくとれるのではないか(書き手としては、印象に残らない記事よりは、その方がよっぽどうれしい)。

ー客観的レビューは本当にありえないのか?
 実は米国の雑誌、Consumer Reportなどのレビュー記事は、かなり客観的に思え、読んでいてもおもしろい。
 洗濯機にしても、掃除機にしても、テーマとしてとりあげた全製品に対して、半端ではない数の科学的な実験をやって、性能を評価している。
 例えば冷蔵庫にしても数十項目のテストを行っている。しかも、テスト手順もきっちりとルール化されており、記事中で、そのルールを公開している(つまり、そのルールに従って、記事に出ていない旧製品との比較もできる)。
 ここまでできれば、多少は「客観的」と唱ってもいいかなとも思える。
 ただし、すべての人が気になっているポイントをカバーしきれているとは思えないし、最終的にどんなテストを残すかは、やはり主観が働いてしまう。
 そして、残念ながら日本の出版社には、これだけのちゃんとしたレビューをするための予算や、人的リソースを持っているところはない。
 昔、米国のZDNetはZDNet Labsというのがあり、ここがルール化した方法でベンチを行っていた。
 日本でもいくつかの出版社が、これを目指したが、やはり無理だった。

ーいつだったか、このブログにも書いたが、いわゆるマスメディアのレビューには、レシピのようなものがある。
 製品写真がカップ2杯
 ベンチマークの結果が大さじ100g
 製品の特徴紹介が100g
 製品のいいところの紹介が大さじ1杯
 製品の悪い点の指摘が小さじ3杯

 媒体ごと、ライターごと、あるいは編集者ごとに、ピリ辛系だったり、甘口系だったりとさじ加減が違うので、数字はデタラメだが、なんとなく、レビュー記事をどれくらいのさじ加減で落ち着かせるかがだいたい決まっている。
 だが、最終的な製品の評価の部分は、最終的にライターの意向や媒体の意向でいくらでも変えることができてしまう。

ー MACPOWERから、さらに遡ること数年、昔、「HyperLib」というCD-ROM雑誌があった。
実はここで実現したかったのが、ビジュアルベンチという企画だった。
Macの新機種が出るたびに、読者の8割が持っているであろうアプリケーションの動作をビデオで撮っておき、ムービーデータベース化する、というものだ。
 ムービーで動作速度を確認した後、自分のマシンんで同じ操作をすれば、自分が持っているマシンとの比較ができる。
 ただ、ここでもどのような操作をすればいいのかや、OSのアップデートがあったら、その度にベンチを取り直すのかなどが議題になっていた(といっても、やろうといっていたのは元編集長の飯田氏と私の2人だけ。撮影やムービー化するにしても、この2人以外からの協力はえられそうになかった。途方もなく時間がかかる作業を、ほぼボランティアでやらなければならなさそうだったので、最後までできなかった。もし、あれが実現していたら、Mac IIviとMacBook Airの速度も比較できたのではと思うと、ちょっと悔しい(最後の議論では、製品が発表された直後のOSバージョンでムービー化するのが、一番、公平だろうというところで議論が落ち着いていたーー>個々のマシンは、おそらく出荷時点のOSに最適化されているから、という根拠)。


ーもし、世の中に客観的レビュー、最良のレビューの方程式があるのなら
すべての媒体のレビューが同じないようになってしまいかねない。


気がついたら4:12amを回っていたので、本当にここで打ち切ることにしよう。
ただし、もし、「レビュー再考」の議論が、他のブログでも行われるようになったら、technoratiで検索して、コメントを残しにいきたいと思っている(週末か来週の水曜日以降になってしまうかもしれないが。実は来週の月、火と福岡にある大学で講演を行ってくる。それまでにすべての原稿をしあげねばならず、この後もブログの更新は難しそうだ)。

*1)私の中での「先生」と呼ばれる人のイメージは、さんざん自分で売り込んでおいて、編集者に「それじゃあ、お願いします」と頼まれると「よし、それじゃあ、仕方がない。書いてやろう」と答え、ベンチマークテストはすべて編集者に取らせて、その結果だけを見て、うまく文章をつなぎ合わせている人といったイメージがある。もしかしたら、私がレビューを書くときには、なぜか自分で取るハメになっていたので、そのジェラシーかもしれないが。私は歳だけはとっていても、「先生」になったつもりも、なるつもりもあまりない。できれば、みんなで一緒に考える場や機会をつくっていきたい、というスタンスだ。
 雑誌にしても、Webにしても、ブログにしても、記事を読むという行為は、つまるところ、自分の内側にある考えや視点、共鳴を引き出すための行為に過ぎないと思っている。
 特に私は先生でもなんでもないので、書かれたことをすべて鵜呑みにしてしまわれると困る。もちろん、できる限りの事実は書くつもりだが、書いた内容をきっかけに、自分で考えてもらって初めて、何かが生まれるのだ。それは脳内のシナプスとシナプスの結びつきに似ている。


追記:
ーパソコンは道具となりつつある。筆記具としても使われ、楽器として使われ、電話として使われる
ーペンのレビューに「このペンのインクでは〜の成分が他社より○%多い」といったことが書かれるだろうか。おそらく、それよりは書き心地や、その裏にある思想、背景が語られるだろう

ー例えばアプリケーションベンチをする場合、1秒速い、2秒速いという指標をどう噛み砕くべきなのか>> おそらくテスト用のデータを配らないことには意味がない。
ー昔はExcelで複雑な計算をしただけでも、CPUによって数秒の差が出たが、今日ではそれが難しい。ワープロもしかり。そうなると結局、PhotoshopやFinal Cut Pro? レビュー対象のマシンが、それらのソフトのサポート対象外のばあいはどうすればいいのか。

2月 14, 2008 opinion | | コメント (7) | トラックバック (7)

2008.02.04

来週から「土日はしっかり休むぞ」宣言

Shipped

There is something 'on' the air.

仕事に追われ、雪化粧の街並を散策する余裕すらなかった。
何か大きなものを失った気がした。
そんな中、ちょっとだけうれしかったのは、MacBook AirAirでこちらに向かっているというApple Storeからのお便り。

どうやら今週後半からの取材は、荷物を大幅に減量できそうだ。

ich gehe zuruck nach japan

今年からは生活にメリハリをつけて、いい仕事をするためにも土日は仕事をしない。

そう、言い聞かせるもむなしく、目標の開始は2月からに延期され、
その2月の最初の土日もとてつもなく遅れている仕事にあけくれてしまった。
もっとも、ここで「3月から」なんて言い出したら、いつまで経っても実行できそうにないので、
次の土日こそは、堂々と「仕事をしない」を決め込みたいところ。

「月曜日の朝一」を〆切りにしてもらっていた仕事は
「火曜日の朝一」か「月曜日の夕方」に変えてもらい。

万が一、土日に仕事をすることになったら、
相手にも土日に仕事をさせてしまって申し訳ない気持ちを言葉にしようと思う。

実はそうでもしていかないと、ただただダラダラと大事な時間が消耗され、
結局、いいものも生み出せなくなる気がする。

多くの日本人が、ただただ勤勉に働き、人によっては財政的には豊かになっても、
生活の質、そのものはあまり豊かでない印象がある。

それよりも発展途上国の決してそれほど豊かではない家庭の人達の方が、
自分の時間も、友達との時間もしっかりと確保して、
充実した日々を過ごしているように見えるのは決して錯覚ではないだろう。

そもそも日本では、食べに行く、飲みにいく、デートする、遊園地といった
ややパッケージ化、マニュアル化されたものが中心で、娯楽が少ないというのも一因かもしれないが、
自分の時間をしっかり確保せず、会社のため、同僚のためにと仕事に追われているのも、
こうした事態を引き起こす諸悪の根源の一つのような気がする。

「仕事が終わったからといって、なんだか俺一人だけ先に帰るのも申し訳ないな」
という雰囲気が空気に漂っていて、その空気を読めてしまうがために、
仕事が終わってもダラダラと会社に居続ける。
いろいろな会社で、そんな光景をよく見かける。

仕事を終えても、達成感燃えられないので、
仕事に対するモチベーションもどんどん下がり悪循環が生まれる。

「金曜日に終わらなかったから、土日でなんとかしないと」という発想も
「金曜日に間に合わなかったから、月曜日で大丈夫なようになんとか調整しないと」
という発想に切り替える。

金曜日の仕事を終えたら「シャバット・シャローム」と言って(言わなくてもいいけど)、
休暇モードに自分を切り替える。
(※別にユダヤ教ではありません。上は半分、ジョークです)。

もちろん、取引先との力関係によっては、
「それではオタクとは仕事をしない」ということになるかもしれない。
そうならないためには、相手がどうしても自分と組みたくなるようないい仕事をすればいい(そしていい仕事には土日が必要だと相手に主張すればいい)。

そうはいっても、忙しい時期もあるし、「絶対しない」を通すことはできないだろう。
しかし、万が一、「土日仕事をしてしまった」場合には、
自分に対してなんらかのペナルティを与えるなどして、「それが当たり前」として
定着しないためのなんらかの工夫をしたいと思う。

「土日を休んだくらいで、世の中が急にうまくまわることはない」という人もいるだろう。

しかし、頭の中で「理想のカタチ」、「良循環のビジョン」を描いてみると、その中に「土日の仕事」は入っていないはずだ。

つまり、「土日を休んだくらいじゃ、状況は改善されないから土日も働く」ではなく、
「土日を休むということが、良循環を実現する上での、もっと実行しやすい最初のステップ」と
発想してもいいのではないだろうか。

 実は「iPhoneショック」で、紹介した元アップル社(現日本通信社)、福田尚久氏が語るアップル流のビジョン実現の方法は、何もモノヅクリに限定されたものではないと思う。


 実際、アカデミーヒルズに同書を置いてもらってから、アーティストのtakumi endoさん他、何人かのクリエイターの方からも「ヒントがあった」と言われた。ネタフルさんのブログでも、そのように紹介していただけてうれしかった。

 「iPhoneショック」では、すべてを描ききれてはいないかもしれないが、私がわかった範囲でアップル流のモノヅクリを紹介させてもらった。

 ところで、この本を読んで気に入ってくれた人には、ぜひ他にも読んでほしい書籍がある。

 ものごとを知るには、時として正反対のものを知った方が、知ろうとしていることの輪郭が浮き立ってハッキリと見えることが多い。

 成功しているモノヅクリのやり方を知った後に、知って欲しいのは、iPod以降、可哀想なくらいまでにアップルと比較されているソニーが、なぜダメになったかを紹介したこちらの書籍だ。

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 ソニー出身の現役コンサルタントが執筆した本だ。ソニー勤務の友人は少なくとも30人はいるが、少なくともその2人は「まさにこの本の通り」と太鼓判を押していた。

 実はこのブログ記事の冒頭でも触れた、「土日はしっかり休む宣言」は、この本の第1章にも強く触発された。

 「iPhoneショック」が電話メーカーだけのための本でないのと同様に、こちらの本も、他のメーカーの人達もぜひ読んでおくべき本だし、メーカー勤務以外の人にもぜひ読んでほしい本だ。
 私もまだ3分の1ほどを読んだだけだが、そこに出てくるソニーの悪いところ(例えば「内輪の倫理」)は、メーカーだけでなく、日本の腐敗した政治や官僚システムにも通じる日本の縮図だからだ。

 こうした古い体質から脱却できない日本の悪さを、さらに掘り下げたければ、こちらの一冊もなかなかおもしろそうだ(こちらも、まだ最初の章を読み上げたばかりだ)。

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そうやって、日本企業体質の問題点を深めた後で、清涼剤として読んで頂きたいのが、Mac業界ではあまりにも有名な大谷和利さんのこちらの著書。スティーブ・ジョブズ流のビジネススタイルを、「iPhoneショック」よりも、もう少し現場に近い視線で読み解いている。

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と、1時間、ブログ更新で気分転換したところで、仕事に戻ることにしよう。


土日が仕事で潰れたのは、悲しかったけれど、
最近、やっている仕事そのものは楽しい仕事が再び増えている。

先週の金曜日は、マイコミジャーナルデビューを果たた。
しかも、いきなり2つの記事で。

こちらの記事では、金曜日に行なわれたMicrosoft Office 2008発売開始イベントでのトークの模様が取材されレポートされた:
マイクロソフトが「Office 2008 for Mac」発売記念イベント開催

そして、こちらではマイコミジャーナルへの初めての記事執筆(速報だったので優先して進めさせてもらった):
ニューヨーク近代美術館のリニューアルを飾ったUBSコレクションが森美術館に


 アートにあまり興味がなかった人でも、親しみがもてるように、新しい発見があるように工夫したつもりだ。ぜひ、読んで見て欲しい。

ascii.jpからCNet、Computerworld.jp、 Hot Wired Japan、Impress Watch(家電WATCH)、 ITmedia、 ITpro、 nikkeibp.jp、 nikkei.co.jp、 r25.jp、Wired News(US)そしてZDNet Japanまで、節操なく記事を書いてきた私ですが、WebにIT系以外の記事を書くのは実は久しぶりのこと。
 それだけにちょっと気合いも入った。
 こういう楽しい仕事にしても、ウキウキすることって、いい気分転換になって、後の仕事のハズミにもなりますよね!

Apple Store(Japan)

2月 4, 2008 opinion, 日記 | | コメント (3) | トラックバック (0)