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2008.05.28

Googleで言葉の壁を越える

2008051116550000.jpg
mixiやfacebookなどのSNSでつながっている方はご存知かもしれないけれど、私は「言語オタク」。

いや、「オタク」って言われるほど本格的でもなければ、本腰をいれて何かをやっているわけではないが、新しい言葉を覚えることに普通の人よりは多くの喜びを感じるタチだと思う。

 当然、機械翻訳にも興味がある。'80年代から、日本で発売されているもの、発売されていないものも含めて、いろいろな機械翻訳ソフトの製品を見たり、取材をしてきた。
 nobilogでも、日本語と韓国語の機械翻訳の精度の高さにビックリして、こんな記事を書いたことがある:
韓国語チャットの日々

ただ、これまでの機械翻訳技術には限界を感じていたのも事実。
それだけにGoogle社が翻訳エンジンを、SYSTRAN社製から自社製に切り替えたときには期待に胸が高まった。
小川さんとの共著「アップルとグーグル」(*1)でも、書いたが、このGoogle 翻訳(Google Translate)がなかなか凄い。
これまでの翻訳エンジンのように、言語学的に文章を解析して翻訳する、というよりも、もっとWeb 2.0的な発想で、Web上に無尽蔵にある世界各国語テキストの対応付けを見て、そこから訳文を割り出している。

このため「俺たちに明日はない」を英訳すれば「Bonny and Clyde」と出てくるし「愛と哀しみの果て」は「Out of Africa」になる(ある程度、話題の映画であり、かつ特徴的なタイトルでないと、うまくいかないことも多い)。

 本を書いたときまで、Google 翻訳といえば、ポップアップメニューに「英語からフランス語」、「ドイツ語から英語」といった「どの言語からどの言語」の組み合わせが用意されており、その組み合わせの範囲内でしか翻訳ができなかった。
 そして他の多くの機械翻訳ソフトがそうであるように、日本語と対応付けされているのは、英語だけ。
つまり、「日英」や「英日」の翻訳はできても、「日仏」や「独日」、「日伊」といった翻訳は英語を介して行うしかなかった。

 ところが、これが先月だったか、先々月だったかに突然変わった(いつだったかな...やはり、ブログは「感動」した瞬間にこまめにつけないとダメだな。反省!でも、ホラ、こうやってつい文が長くなってしまうのがわかっているので、どうしても途切れてしまう。ネタフルのコグレさんやみたいもんのいしたにさんに「潔い脳」を特訓してもらわないと)。

 「翻訳元の言語」と「翻訳先の言語」が共にポップアップメニュー形式になって、23カ国語が選べるようになったのだ。

Safari002

 切り替わったときから「Googleなら、どの言語か自動的に検出することも可能なんじゃないの」と、思っていたんだけれど、今、見たら23カ国語の一番上に、ちゃんと「言語検出」という項目も加わっている!(いつからだろう。最初からあった?)
 おかげで、例えばこのnobilog2をクロアチア語に翻訳なんていうことも簡単にできる。

Safari006

 最近、最近ではブータンやらチベットでも、パソコンが使われ始めていて、これらの国内での実情をインターネットを通じて世界に発信している人々がいるという。
 私はそっち方面は興味はあるけれど、うとくてよく知らない。
 ただ、実はMac OS Xに、バージョンv 10.5 "Leopard"から、チベット語を扱う機能が追加されているという動きもある(チベット語は、パソコンで扱うのが非常に難しい言語をいわれていました。記事の最後に参考文献をあげますが、自分でも検索して調べてみてください)。
 パソコンとインターネット(Google)を通して、今、世界が大きく変わろうとしていることを感じ取ることができる。

 もっとも、こうしたブログ記事なら、先月でも十分、書くことができた(し、書こうと思っていた。他にもnobilog2に書きたい記事が10はある)。

 それでもあえて今日になって記事を書こうと思ったのは、もっと身近な理由からだ。
 昨日、取材の後、カメラマンの友人にカメラを見せたら、「レンズの内側に大きなゴミが入っているよ」と言われてしまった。
 これは新しいレンズを買うしかないと思って、ずっとamazonを探していた。
 カメラはあまり詳しくないので、とりあえず自分のカメラで使えそうなレンズで、自分でも買える手頃なものを「ほしいものリスト」に加えたり、「新しいタブ」で開いたりして比べていた。
 Amazonにあげてあるスペックだけでは、どのくらいきれいに撮れるのかがわからないので、製品名をコピーして、さらにGoogle検索をかける。
 でも、日本語検索だと、販売ページばかりが上位にひっかかって、なかなかレビュー記事が見つからない。

 そんな時、検索結果のページを一番下までスクロールしてみると、こんな文言が表示されていることに気がついた。
英語のページの検索結果を日本語に翻訳して見る: シグマ 70-300mm F4-5.6 DG MACRO キヤノン用 (Sigma 70-300mm F4-5.6 DG MACRO for Canon)

Safari003

なんだろうと、思ってクリックをしてみると、同じ製品をレビューした英語の記事の検索結果が次々と出てくるではないか!
 私の場合、英語なら問題なく読めるので、翻訳記事に頼る必要はなかったが、それにしても日本語で検索して英語の翻訳記事がでてくるのはうれしい。
(でも、これってこのフォーマットではなかったけれど、もしかしたら、これまでの検索でも、普通に検索結果としてひっかかっていたかも知れない。そもそもGoogleは、アナウンスなしに、いつのまにか搭載されている機能も多く、フォローしていくのが大変だ。ただ、私に、以下の「気づき」を与えてくれたという意味を含めて、そのことは無視して書き続ける)。

Safari004
Safari005


 別に売っているのは同じものだし、日本語のレビュー記事がなければ、英語の記事を読めばそれですむこと。かくして私の問題は解決。

 私の頭のどこかに「日本で買うので、日本語の記事を探さなければならない」という発想があった(それに加えて、カメラに詳しくないので、このレンズが海外でも売っているものか知らなかったというのもある)。
 その発想の壁をGoogleが超えてくれた瞬間だ。

 この逆で、海外の人が、日本ならではの素晴らしい記事にめぐりあうチャンスがあるかどうかは、まだ確認できていない。
 しかし、Googleは、もちろん、それも視野にいれて開発を進めていることだろう。
 この機能が、いったいいつ頃から実装されているのかは知らないが、いい記事を、国境も言語の壁も乗り越えて広めてくれる素晴らしい機能だ。

 検索が言葉の壁を越える、そんな日も遠くないのかもしれない。

 このプロジェクト、Google社内の誰が研究している技術か知らないが、言語オタクとしてはぜひ応援していきたい!


参考文献:
機織り機からパソコンへの道
チベット語 情報化時代の伝承と発展
特徴:ユニコード準拠の互換性で、すべての環境でチベット語データを。
■Leopardに含まれるチベット語入力法Tibetan-Otani


*1)以前は自著のアフィリエイトの売り上げは貼らないことにしていたけれど、最近、方針を変えて、アフィリエイトを貼るかわりに収入は寄付することにしました。年末にお気に入りのNGOに寄付しようと思ったけれど、4月&5月分は、月単位で、まるまる四川大地震に寄付しようかと思っています(サイクロンにするか悩ましいけど)。もっとも、ブログ更新頻度も低いし、あまりアフィリエイトを貼らないようにしていたので、4月分で495円と、ほんと大したことないけど...(これに自分の気持ちを色づけするくらいかな)。AmazonのAPI公開とかで、自動的に振り込んでくれるとうれしいよなぁ...

5月 28, 2008 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2008.05.20

facebook雑感PART2:mixiはfacebookになれたか!?

一度、書きかけの状態で掲載し、その後、夜中にしあげた前の記事が、あまりに長くなったので、雑感を2つに分けることにした。

こちら(PART II)はAPI公開について。
facebook in tokyo

 今日の記者会見を聞いていて、1つハっと思ったのは、facebookも、日本の多くのSNSと、同じ頃、同じステップを歩んでいたのだ、ということ(つまり、他のSNSも、発想を変えれば、今のfacebookになりえたかもしれない、ということ)。

 Zuckerbergが、2004〜2005年頃のfacebookは、ユーザーの要望にあわせて、いろいろな機能を追加していた、と言う。
 2004年頃と言えば、ちょうど日本でも、mixiとGREEが、競うように新機能を搭載していた頃だ。
 mixiが何か新機能を搭載すると、その翌週くらいにGREEが同じ機能を追加したり、GREEのすぐ後につづいてmixiが同様の機能を追加したりして、「どっちが、どっちを真似ている」なんていうことが話題になった。

 ここで他の多くのSNSは、毎回、何か機能を追加しようとする度に、それに大量の開発時間/資源をつぎ込んで、ハードコーディングしていったのに対して、facebookは、新機能をプラグインのように簡単に追加できるようにアーキテクチャーを見直した。
 このアーキテクチャー変更で、自身でも新機能が追加しやすくなったが、さらにそうしたアプリケーションを開発するAPIを公開したことで、他社によるアプリケーションも爆発的に増えた、というのがこの1年の大躍進の勝因だったといえるだろう。

 前の記事でも書いたように、友達をペットで売買するような遊びのアプリケーションもあれば、社会活動を支援するまじめなアプリケーションもある。
 プロフィールの飾りとして活用できるアプリケーションもあれば、他のネットワークの機能を取り込むためのものもある(例えばTwitterやflickrやYouTubeやFriendFeed)。

 今日、facebookのアプリケーションは2万種類あり、1日140個のペースで増え続けているという。facebook利用者の95%が少なくとも1種類のアプリケーションを追加しているという。
 こうしたアプリケーションが広まりやすいところに期待してfacebook economyなんていう言葉も誕生した(果たして、それに実態があるか、どうかは議論の的だが)。

 「たられば」の話をするのは不毛だが、同じ頃、ほぼ同じ位置にいた日本のSNSにだって、十分、同じ革命を起こしているチャンスはあったと思うと少し悔しい思いがこみ上げてきた。

 ここから先は、この不毛な話を掘り下げてしまう。


[GREEのパーティー]

 私がmixiを最初に訪問したのは一般公開前だった。当時はfotologという写真共有サービス上に非常にいいコミュニティーができていておもしろかった(同じ年の秋に伊藤穣一さんがFlickrに投資をして、それ以降、Flickrがメキメキ驚くほどおもしろくなり、fotologgerも最終的にはほとんどがFlickrに移行してしまった)。
 そのため、mixiを訪問したときも、そこの方々にインタビューの後、fotologのデモをして、ぜひ写真共有サービスを搭載して欲しいとお願いしたのを覚えている。

 もっとも、mixiの方々は、常に慎重で、何事にも熟考を重ねる人達。例え私なんかよりもずっとすごい人が、何かを提案したとしても、まずは意見を賜って、じっくり検討した上で、他にもそういう要望がたくさん出続けるのを確認した上で、その機能をかなり研究し、ブラシュアップした形で搭載してくる人達だ(という印象を持っている)。だから、mixiにフォトアルバム機能が搭載されたのが私のおかげだ、などという気は毛頭なく、おそらく大勢の人が同様のリクエストを出してくれたおかげではないかと思っている。

 ところで、実は私がmixiに提案していたのは、写真機能だけではない。
 mixiとGREEが頻繁に、機能追加の競争を繰り返している様をみて、APIを公開して、誰もが自由に機能を追加できるようにすればいいのにと提案したのを覚えている。

 その後、mixiがGREEを抜いて、日本1位のSNSになった時に、この思いはますます強まった。

 日本一となったmixiは以前にも増して急激なペースで参加者が増えている。もはや、運営者だけですべてのユーザーの要望に応えるのは難しい。「そろそろmixiはプラットフォーム化して、次のステップに向かうべき」、「APIを公開して、プラットフォーム化して欲しい」、「そうすればSNSの人間関係をベースにしたeコマースサービスなどを構築できる」といったことを取材の度に言っていた。
 そう、私はmixiにとってはたまに取材でやってくる外部の人間。
 たまに取材に訪れては、質問もそこそこに言いたい放題を言って、去っていくややKYで迷惑な存在だったことだろうと思うと、ちょっと恥ずかしくいたたまれない思いがある。

 それに私が今のfacebookのような形態を想像していたかというと、ちょっと違って、当時の私の発想は、むしろ、、「ソーシャルグラフ」と呼ばれているものに近かった。つまり、mixi上の人間関係を使って、当時、既に始まっていたレビューやレコメンドを増やして、mixi上で同じID、同じパスワードで、直接、商品の売買が可能になったら便利なんじゃないかと想像していたのだ。
 また動画に関しても、同様にmixi上のアカウント情報や人間関係をプラットフォームとして(他社が)構築するイメージだ(当時はビデオ・オン・デマンド的なサービスをイメージしていた)。

 外部で数ヶ月に1度くらいしか会わない私が、いくらいっても、説得力も何もないと思って、森祐治さんにも「ぜひ、説得してくださいよ」と頼んだこともある。2005年頃、森さんはmixi内での人のつながりを研究していた。

研究対象としての「mixi」
【社会情報学フェア2005】mixi公式データを学術的に研究する初の試みが京都大学で開催
科学で読み解くmixiのネットワーク構造

私もこの研究に興味を持っていたところ森さんに明治記念館での講演に招待していただいたので、その時に「SNSの次のステップは、これしかないので、一緒に説得してください」と頼み込んだ(いや、先にブログディナーであったときに頼んでいたから招待してもらえたのかもしれない)。
ーー実はその後、mixiDockが出たことで、さらにブログ経由でAPI公開のロビー活動を行ったことがある。

 もっとも、そうやって、人に勧めながらも、それが絶対に成功するという確信があったわけではない。
 勧めるだけ勧めておいて「mixiの一歩ずつ進めていく慎重な姿勢の方こそ本当は正しい」と思っていた側面もある。
 facebookがそれで人気を集めているからといって、日本市場でしか展開していないmixiが2005年時点でAPIを公開していたからといって成功したという確信は今、この時点でも持っていない。

 私は自分自身が、慣れた「執筆業」という狭い殻から踏み出すリスクを負うことなく、人にばかりリスクを求めていたわけで、ある意味、これは卑怯なやり方だったと申し訳なく思うこともある(しかも、それを今になって、こんなところに書いているのだからなおさらだ)。

 もっとも、昨年、mixiは大きな一歩を踏み出した。

Google社のSNS共通規格「Open Social」に参加してオープン化への第一歩を踏み出したのだ。

mixi、GoogleのSNS共通規格「Open Social」に賛同

 この動きは、多いに応援したいと思っている。

 最近ではmixiを取材する機会も減り、疎遠になってしまったため、実情はわからないが、昨年、mixiが約款を変更して大騒動になったことがあった。

約款規制の法制度が必要 へのコメント

 mixiは、その理由の詳細をあげていないが、私は直感的に、これはOpen Socialに向けた動きではないかと思った。何も弁明をせずに、非難を受け続けるmixiを見て、ブログでこの持論を持ち出して用語をしようと思ったが、ちょうど忙しくてブログが更新できずにいた。
 笠原さんや、その他のmixiの運営者達は、自分たちで言い訳をするのは見苦しいと思っていたのかもしれない。もし、私の勘が当たっていてOpen Social対応が原因だとしても、Open Socialの概念やら技術やらの説明をして、なんだか難しい印象を持たれるのをマイナスだと考えたのかもしれない。

 いずれにしても、多くの人があれだけ愛用してきたサービスなんだし、mixiは少なくとも日本発の日本を代表するIT企業だし、「それなりに優秀な人が集まっているんだし、ユーザーの著作権を奪って、サービスの印象を悪くするような愚行にでることはないだろう」くらいの議論はもう少しあっても良かったんじゃないかと思っていたのだけれど、それも今になっては後の祭り。

 まあ、長い紆余曲折はあったが、今年はiPhoneやAndroidの登場(そしてWiMaxを含む通信技術の登場)で、これまで携帯電話と呼ばれていたものが、「その次に来る何か」に進化する年になりそうだけれど、それとほぼ時を同じくして、これまでSNSと呼ばれていたサービスも、「その次に来る何か」に進化する年になりそうで、なんだか楽しみでならない。

後半は全然、facebookに関係なくmixiの話になってしまったけれど、あえて、あげるとしたらOpen Social対応の動きもあってかmixiの動きが鈍くなっているところに、久々に新しいSNSが登場し、しかも、これまでのSNSとかなり違う、っていうことで昨日の日本でのfacebookでの盛り上がりは何か懐かしい感触があったなぁ。人がものすごい勢いで参加して増えて友達登録しまくるという、一時は面倒に感じていた行為も、しばらくブランクがあいたおかげで、なんだか楽しい。ここで日本人ウケしそうなアプリが1〜2個出てきたら、なんだか一気にfacebookの流れが来そうな気も....


なんだか、さんまんで何が言いたかったのかわからない記事になってしまったが、
最後に自分への教訓をあげると「取るときにはリスクを取れ」ということかな?

それにしても、nobilog2のSNSカテゴリーを見てみたらmixi2周年の次が、いきなりこのfacebookの記事になっていた。それだけSNSが当たり前になっていて、話題として取り上げなくなっていたんですね...

nobilog2: Social Networkカテゴリー

5月 20, 2008 Social Network | | コメント (2) | トラックバック (1)

2008.05.19

facebook、日本進出!【雑感PART I】

*遅れてスミマセン、ようやく更新しました@20日 4.33AM/前半部分もUPDATEしています*

facebook press conference in tokyo

全米2位のソーシャルネットワークサービス(SNS)、
facebookが、日本向けのサービス開始を正式に発表した。
といっても、今日になって何かが突然変わったというわけではない。
実は設定次第で切り替え可能な、日本語メニューは先月頃から用意されていた。
それに(英語の文面のものも含め)日本の広告も先月(あるいはもっと前からかも)から見かけていた。

今日、行われた発表会は、むしろ創業者のMark Zuckerbergの初来日にあわせて行われたものと考えて良さそうだ。

 ただ、1つ、今回の来日で重要なことといえば、facebook用アプリケーションのローカライズは、どうなるのか、ということ。
 facebookの特徴は、例えばユーザーが自分のプロフィールページに自由にアプリケーションを追加してカスタマイズできること。例えばTwitterのアプリケーションを追加して、Twitterに書き込んだコメントを表示させたり、Flickrのアプリケーションを追加して、Flickrに投稿した写真を表示させたり。
 他にも私のお気に入りアプリケーションを挙げると、「Where I've Been」という自分が行ったことのある国のリストを表示するアプリケーション(そうしておくことで、友達と意外な国の話でもりあがったりできる)、シンプルなところでは、プロフィールに「I have an iPhone」というメッセージを表示するだけのアプリケーションもあったりする。
 実はTwitter用のアプリケーションは、最初の頃は日本語に対応しておらず、Twitterに日本語のメッセージを投稿しても「文字化け」するといった問題があったが、この問題はいつのまにかなくなっていた。
 私が行っている「facebook用アプリケーションのローカライズ」とは、そうした文字コードの扱いなどの話ではなく、もっと表層の部分、UIの日本語化などについてだ。
 アプリケーションの名前を(例えば)「私の行った国」に直すのがいいかどうかといった議論も含め、国を選択するメニューや国名なんかも、うまくローカライズしないと、もしかしたら、そのうち日本の誰かが英語版があることを知らないで(あるいは知っていて)、日本語版のほぼ同じ機能を持つアプリケーションをつくってしまう可能性がある。
 そうなると同じことをやりたいユーザーが言語ごとに、別々のアプリケーションに分散してしまい、「国際的SNS」のおもしろさが活かせない。

 これについて質問をしたかったが、チャンスが回ってこなかったので、記者会見後、日本の開発サポートを行うJavier Olivanに講演後に聞いた(残念。時間的に余裕がなかった)。

 Olivanさんによれば、これについてはfacebook本体のサービスと同様にローカライズできるとのことだが、詳しくは今後、開発者達と詰めていかなければならないという。今更、この記事を読んで間に合う人はいないだろうが、記事を書いた19日19時から原宿で開発者会議が行われるので、間に合う開発者はぜひ足を運んで欲しい。

 近々、日本でも発表されそうなiPhoneとの親和性も高いし、自分のWebアプリを世界進出をするための近道にもなるし、facebook開発の世界は、開発者なら、とりあえず覗いておいて損はないはずだ(私はちょうど予定がバッティングしていていけないのが悔しい。誰か行った人、状況を教えて!)。

ここで記者発表会に出ての雑感を書いてみよと思う:

facebook intro in tokyo

(最初に投稿した時点では、以下の内容は書きかけでしたが、20日4:33amに仕上げました*)

 発表会で、記者達から度々、質問されたのが「実名」重視というポイントだ。
 これはZuckerbergがサービスの説明の中で、度々、facebookが「Real People, Real Connection」のサービスだと強調したのを受けている。

 ご存知の通り、日本には「実名」アレルギーの人が大勢いる。
 私はこれは、日本ではインターネットの普及の初期段階で、実名コミュニケーションの楽しさ/便利さが広がるのよりも先に、匿名コミュニケーションの楽しさ/便利さが広がってしまったのが大きな原因だと思っている。
 SNSを振り返っても、mixi/Googleが流行る直前に、先駆的ユーザーの間で流行したGoogle社のOrkutも、最初に飛びついたのは実名+顔写真を使うユーザーだったが、その後、ユーザー層が拡大するにつれて、イラストとニックネームのみでの登録が増えてくる。
 名刺管理が苦手な、私は、最初にOrkutに登録したとき、信頼できる友達だけにプロフィールを通して電話番号や住所を公開できるのをみて、「これで名刺が不要になるかも、便利!」と喜んでいたが、やがて「この人は本当に知っている人だろうか」という友人が増えてしまい、プロフィールの情報の制限を厳しくせざるを得なくなった。
 mixiやGREEも、最初は喜んで実名+顔写真で登録するユーザーが多かったが、その後、ニックネームとイラストばかりの人が増え、コミュニティーの文化・雰囲気も大きく変わっていった。

 ちなみに、まだSNSという概念が浸透していない頃のmixiは、いわゆる出会い系サイトと混同されるのを嫌っていたこともあるが、実名登録やネット上でのリアルな人間関係の再現、つまり「Real People、 real connection」にこだわり、これを強く唱っていた。
 だが、日本のインターネットでは、そうしたサービスの多くが、「実名」アレルギーの人達の反論にあい趣旨替えをすることになる。「Oh My News」も、最初に「実名」報道を唱ってしまったために、ものすごい攻撃にあい苦労をすることになる(その当たりのことは、最近の編集長インタビューでも話題になっている)。

 日本人が手がけたサービスだって、そうなのだから、アメリカ主導でローカライズを進めているfacebookなんかが「実名重視のサービス」を唱ってもうまくいくわけがない、というのが多くのマスコミの見方だろうし、私の最大の懸念でもあった。
 それだけにZuckerbergには「ちゃんと、friendsterやOrkutといった前例は研究したのか?」と聞きたかったし、日本ではビジネスネットワークを広げるのが目的の「LinkedInにまで、ニックネームで登録する人がいるまでに実名アレルギーの強い人がいる」と教えたかった。

 また、多くのマスコミがZuckerbergの言葉をそのまま受けて「facebook=実名重視のサービス」を唱うと、facebookにとって大きなマイナス要因になるんじゃないかと心配だった。

 しかし、楽天的な私の考えは、説明会からの帰り道には、少し変わってきた。
 「このfacebookがきっかけで、日本でも『実名』のコミュニティーが広がればいいや」と楽観的に構える気持ちに変わってきたのだ。
 そうなった背景には「もしかしたらfacebookなら、それができるかもしれない」と思えたことがある。これには「FACEBOOK DEVELOPER GARAGE TOKYO」のページに書かれていたGen Kanaiの書き込みもヒントになった。Genさんは、ここで「The Facebook Platform is Biased Toward "Fun" Apps(facebookは遊びのアプリケーションに偏っている)」という記事を取り上げて、意見を求めていた。
 実際、私がfacebookで、一番、気に入っているアプリケーションも、友人に何かいいことがあった時に、(仮想の)ワインやシャンパンにメッセージを添えて贈ることができる「Happy Hour」というアプリケーションや友達をペットとして売買する(売買する度に価値があがり、仮想通貨の収入が得られる)「friends for sale」というジョーク・アプリケーションなど、遊びのアプリケーションが多い。

 mixiの日記のようなシリアスなアプリケーションがあると、そこに愚痴だとか、複雑な人間関係の話だとか、そういうものが入ってきて、情報公開範囲の取捨選択が難しくなるが、facebookは、あまりそういったwetなコミュニケーションに使われることはなく、むしろカラっとdryに楽しめる要素の方が大きい。そういう意味では、mixiなどと比べると大味で、つながりの強さを感じにくい部分もあるかもしれないが、逆に閉塞感などは感じにくい(少なくとも今のところは)。

 ちょっと長くなったが、そういうわけで、facebookは、「これなら失うものがない」と感じた人が、(抵抗感があるなら無理に実名を使う必要はなくニックネームでも十分だと思うが)少しずつ実世界の友達に発見してもらう(あるいは誰だか認識してもらう)ためのヒントを増やしていってくれるのに、ちょうどいい場所なのかもしれない、と思えてきたのだ。

facebook intro in tokyo

 ここで1つだけ補足しておこう。

 facebookには、遊びのアプリケーションしかないかというと、そんなことはない。
 今日の説明会でも、有益なアプリケーションの実例として「CAUSE」が紹介された。
 これはfacebook上で、さまざまな社会的アクションを起こし、参加するためのアプリケーションだ。
 例えば私はCreative Commonsを応援するCAUSEに入っている。
 このアプリケーションを通してCreative Commonsに、寄付をすることもできれば、友達をこの活動に誘うこともできる。
 日本人のメンタリティー的には、友達を誘うのは気が引けるところだろうし、私もCAUSEに参加する際に特に友達に招待状を送るようなことはしていないが、それでも私が何かのCAUSEに参加すると、そのことがNews Feedとして友達のところにも伝わる。
 友達が大勢参加しているCAUSEがあれば、それを見ている友達も、自然とその活動に関心が高まるはず(入るかどうかは別)。それだけでも、そうした運動のawareness向上に貢献できる。
 私も古川さんが「Blue Earth」というCAUSEに参加したのをみて、こちらの活動を知った。
 中国で起きた地震についても、いくつかのCAUSEがつくられており2000ドルを超える寄付を集めているCAUSEもある(ちなみにこのアプリケーションは、facebookのアプリケーションの中でも、特に実名性が重要なアプリケーションかもしれない。というか、CAUSEの作成者が実名でなければ、まず誰も参加しないだろう)。

雑感はまだまだ続くが、あまりにも長くなったので、別の記事にわけることにする。

5月 19, 2008 Social Network | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.13

3G版iPhone、今晩か来月か?そして日本では?

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ところで、先月のミラノ滞在中、驚いたのが、そこかしこでiPhoneユーザーを見かけたこと。
アップル関係のニュースを細かく追っている人なら、お気づきかもしれないが、iPhoneは、まだイタリアでは発売されていない(最近になって、ようやく噂サイトで、「アップルがイタリアでは、TIMとVodafoneという2つのキャリアと組んでiPhoneを展開するようだ」という話題が出てきた状態だ。

それにも関わらず、ミラノサローネの展示会場にいっても、Duomoの近くに行っても、やたらとiPhoneユーザーを見かけた。

 世界的な携帯電話のネットワーク網、GSMがない日本にいるとなかなか実感できないが、(GSMのない)日本と韓国の外の世界では、iPhoneが本当に「世界的現象」になっているのだと肌で感じることができた。

 そもそも初日に、駅から乗ったタクシーの運転手も熱狂的アップルファンで、iPhoneユーザーだった。
Malpensaエクスプレスで、市内のカドルナ駅についた後、タクシーに乗って、まずは家電WATCH編集者の伊藤さんをホテルで降ろし、その後、取材期間中泊めてもらった妹の家を目指したのだけれど、私がiPhoneで妹の住所を確認していたところ、「お前もiPhoneか?俺もだ!」という話で盛り上がった。

 MacBook Airは持っている、あのマシンは買った、いや、このマシンはどうだ、とか、MACWORLD EXPOでのiPhone発表のときの様子はどうだったかを聞かれたり、着いた後もしばらく止めたタクシーの中でiPhone/Mac談義に花が咲いた。見ず知らずの人が、いきなりこれだけ親しくなれてしまうというのは、アップルというブランドの持つ素晴らしさの一つかもしれない。

話がそれたので元に戻そう。

iPhoneに、間もなく3G対応版が出るという噂がある。

米国と英国のApple Storeでは、既にこれまでのiPhoneの発売が中断されている。

 筆者は発表があるとしたら、来月9日から開催されるWorldwide Developers Conferenceでだと思っていたが、毎日1万台以上は売れるiPhoneを、2週間以上もせき止めておくのは得策とは思えない。

 そう考えると、統計的に見てもアップルの新製品発表が多い、日本時間の火曜日の午後9時半前後(つまり、今晩)にも、新iPhoneが発表されるのかもしれない。

 昨日から再開したPodcast番組、「nobi-taro podcast」、5月の第1回目では、その当たりのことを話した(もし、発表があれば、緊急でエピソードを追加する予定だ)。

 ところで、3G版iPhoneが登場するとしたら、もう1つ気になるのが日本版iPhoneが出るか否か。そして、出るとしたら、どこのキャリアからでるか、という話題だ。
 これについては、Prediction.jpというサイトで、仮想の通貨を使った賭場を用意したので、興味のある人は参加してみて欲しい:

Prediction.jp:6月、日本版iPhoneが発表される

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3G版iPhoneの登場を控えて、日本の携帯電話市場は、かなりおもしろいことになってきた。

まず、私にとっては、NTT docomoの印象がガラリと変わった。
新しいロゴがつくりだす雰囲気もそうだが、今後の製品戦略においても、これまでの路線からガラリと変えている。
GoogleのAndroidと手を組んだり、メーカーを閉鎖的開発体制に押し込めないスタイルだ。
携帯メーカーの方々には、これを励みに、ぜひ、再び海外の市場にも進出して頑張っていって欲しいと思う。

一方のKDDIはというと、相変わらずキャリアが、すべてを仕切る構図を貫いているが、docomoの路線変更によって、それはそれで会社としての性格付けにコントラストが出ておもしろい。
 KDDIが、特に頑張っているのが、パソコンとの連携の部分で、drikinも話題にしているが、携帯で受信したメールをGmail経由で、閲覧したり、検索できるのが、素晴らしい。
 いや、実はauoneでは、これ以外にもEZNaviwalkに、気になる場所を登録したり、SmartSportsのサイトで、自分がジョギングしたルートを再確認できたりと、おもしろいしかけがいっぱいある。
 最近、国内で旅行をするときは、あらかじめ、その周辺にある、おもしろい場所(美術館やショップ、おいしそうなレストランなど)を片っ端から調べておいて、auone.jp経由でEZNaviwalkに登録している。

ソフトバンクモバイルもおもしろい。常に価格破壊を巻き起こしている同社だが、ついにYahoo! BBとソフトバンクモバイル間の定額通話も発表した。IT業界の人が「こうなればいいのに」とか「こうなるべき」と考えていたことを、ちょっと無理そうなことでも、次々とリアルな形に変えてくれている。
 今後は同社が展開する無線LANサービスとの連携も視野に入ってくるだろう。

 ちょっと前まで、キャリアはどこがいいのと聞かれると、迷わずauと答えていたが、今はなかなか選択が難しい。これは裏を返せば、今の日本の携帯市場はかつてないほどまでに健全な競争が行われている、ということかもしれない。

 キャリアがここまで頑張っているのだから、今度はメーカーの側にがんばりを見せて欲しいところ。

 iPhoneに負けないくらいの、世界をギョっとさせるケータイ。旅行先で、その携帯を使っていると、現地の人が、ニヤっと笑って、「お前も使っているのか?俺もだ。お前、モノの善し悪しがわかっているな」と語りかけてくるような、そんなケータイの登場を期待しております!

5月 13, 2008 iPhone | | コメント (1) | トラックバック (3)

大気圏外からの帰還

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 ミラノから帰ってきた後、すっかりブログの更新が滞ってしまった。

 やることがいっぱいあるのも一因だけれど、それに加えて、日常の普通の仕事や暮らし(ネット用語でいうところの「リアル」)にドップリ浸かった後で、パソコンに向き合うと、なんか、そこに大きなギャップを感じてしまって、それまで自分がいたルーチンに戻ることに、すごい疲れを感じてしまったのも一因。

 ミラノでは忙しいながらも充実した日々を過ごした。帰国後も忙しい中、早朝ジョギングできれいな朝日を見たり、週末、パナソニックセンターのRiSuPiaを見て、昔の数学者達の深い知恵に感銘を受けたり、子供たちに数学の楽しさ、科学の楽しさを感じ取ってもらうための素晴らしい展示をつくっている人達の仕事に改めて感動したりと、普段の暮らしの中では、気持ちのいいできごとがいっぱいある。
 ところが、パソコンの電子メールソフトを起動すると、見ていて情けなくなるような内容のメール(=迷惑メール)の山が。そしてWebのいつも巡回していたサイトを見ると、不毛な言い争いだったりとか、読みたくもないようなひどいニュースだったりとか、なんだかギラギラとした文章とかばかりが目に入ってくる。それらを読んで、トゲトゲした気分になるよりも、楽しい本を読んだり、映画をみたり、やらなきゃならないことに追われたりして、日々を過ごしてしまっていた。

 なんだか、そのルーチンの中に、入っていくことが、えらくしんどくて、最小限のメールの返事(最小限未満ですね、返事していない人スミマセン)、そして日本のブログスフィアは、友達のブログと自分を気持ちよくしてくれるブログ、元気にしてくれるブログを見るだけの薄い付き合いで、過ごしてきた。


 世の中には、すべての人を満足させてくれるようなものなんてそもそもないのだし、わざわざ自分の嫌いなものを見つけて、その批判にエネルギーを費やすよりも、嫌いなものはとりあえず無視しておいて、好きなものから、いいバイブレーションを受けて、先へ進んだ方がよっぽどいい、と思う(世の中は広いし、自分が共感できる素晴らしいものがいっぱいあるのだ)。
 例えば自分の信じる道と正反対の言動を見かけても、それを批判するよりは、自分が信じる方の言動を応援して、後は自然淘汰に任せたっていいんじゃないだろうか(そもそも、世の中に絶対に正しいものなんてないのだし、1つの意見一色で世界を塗り尽くすことなんてできないのだし)。

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 もっとも、そうは書いても自分がパソコン好きで、インターネット好きである事実は変えられないし、仕事の軸足もIT業界に置いているわけで、いつまでも距離を置いておくわけにもいかない。

 気がつけば、nobilog2への、最後の投稿から時間が経ち過ぎていて、トップページが真っ白になっていたし、先日、Googleでnobilogを検索したら、本文の部分に、どこかのアダルト系のトラックバックSPAMの文面が表示されていてギョッとしたこともあり、「そろそろ戻ってこないとダメかな」と感じていたところ。

 少し、話はずれるけれど、MacやiPodを含むアップル製品の魅力も、ITドップリでなくて、どこか人間くささを感じさせるところにある気がしている。アップルが言う「デジタルライフスタイル」も、「デジタル技術どっぷりで、徹底的に効率性と便利さを追求」ではなく、「まずはリアルの暮らしと人間味ありき」という視点を感じる。

 実際、iLifeのサンプルに出てくる人達だって、何よりもまず子供の誕生会であるとか、キャンプであるとか、旅であるとか、スポーツであるとかを満喫してリアルライフをenjoyしている人達がサンプルに描かれている。Mac OSとか、アップルがつくるソフトには「もっと、こういう機能を加えたら、この部分もしっかり連携できて、さらに便利になるのに」と思わせるような箇所がいくつかあるけれど(今、具体例が思い浮かばず)、そういう機能って、見返してみると「そんなになんでもかんでもパソコンに頼り過ぎるな」とかいうメッセージにも読み取れる。

 Macユーザーの方も、すべてパソコンだけで済ませてしまうのではなく、Macの横に置いて使う、ペンやら手帳にもこだわりを見せる人が多い。

 そしてアップルの社員の多くも、1日中、パソコンどっぷりではなく、自転車好きだったり、バイク乗りだったり、食通だったり、旅行好きだったりと、多彩な趣味を持っていて、コンピューターユーザーである前に、人間としての魅力にも溢れている人が多い。

 ネット上のいろいろな書き込みを見ていると、「ネット」の世界と「リアル」の世界を二者択一のように書いている若い人達もいるが、決してそんなことはない。

 私もネットとリアルの間の、どこかバランスのいい場所に、自分の立ち位置を見つけていきたい。

5月 13, 2008 About Myself | | コメント (1) | トラックバック (0)