2008.04.05

YouTubeにRolling Stonesが登場[YouTube Living Legends第1弾]

YouTubeにRolling Stonesが登場した!


Livinglegend

Living Legends


これは世界的なミュージシャンやスポーツ選手など、「レジェンド(伝説)」と呼べるような「超」がつくクラスの著名人にチャンネルを提供し、コンテンツを集約、公開するだけでなく、一般ユーザーとの動画によるインタラクションを促そうとする試みで、このRolling Stonesは、まだ第1弾に過ぎず、今後も毎月のように新しいチャンネルが追加されていくようだ。
 第1弾のRolling Stonesでは、ライブ映像、舞台裏のクリップ、メッセージ動画のほかにも貴重
なバスルームでの撮影シーンなど、YouTubeに独占的に公開される映像なども順次、公開予定とのことだが、先にも書いた「対話」の部分を重視すべく、ユーザーからの動画による質問のアップロードを受け付ける。ミック・ジャガーとキース・リチャーズは、そうして受け付けた動画からいくつかを選んで、質問に応える動画を掲載する予定だと言う。
 つまり、本物のマスコミでもなかなかできないミックとキースのインタビューをするチャンスが、誰にでも公平にやってくる、というわけだ。
 でも、「言葉の壁」があるよね?と思ったのだが、なんと今回、日本語で質問された動画についても「YouTubeスタッフが英訳をサポートしてミックとキースにお届けします。」とのこと!
 むしろ、日本語で質問するとYouTubeの英訳サービスの実例としてピックアップされる可能性も高いかも?(想像なので保証はしません。とりあえず、どんどん質問動画をアップしてみましょう! ;-) )

 この新しいチャンネルの詳細は、こちらのYouTube公式ブログに書かれています:

Introducing Living Legends

このサービス、すごい!

「iTunes Storeの動画販売サービス(の無料版)」とも言えるし、たまにしかあがらない「iTunes Exclusiveコンテンツ(の動画版)」とも言えるし、「超がつくリジェンドのビデオPodcast(のYouTube版)」とも言えるかもしれません。


 この「超」がつくすごい新サービスについて、思うことをいくつか...

1.ミッションステートメントの解釈の変更?

Googleといえば、いろいろな事業をしているけれど、それらはすべて1つのミッションステートメントでくくられている:
世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする 」というもの。

 ただし、その解釈は過去に何度か変わってきている。

 もともとはGoogleは、既にインターネット上にある情報を整理し、検索によってアクセスできるようにする、というだけのものだったけれど、その後は電子メールによる会話や、ハードディスク上の情報、紙として印刷された書籍などもどんどん扱えるようにしていった。
 そしてPicasaやYouTubeなど、これまでバラバラのサイトに、バラバラな形式でアップロードされていた動画も、体系立てて整理し、アクセスしやすくした。

 でも、一方で自前のコンテンツを持つYahoo!と、自前のコンテンツは持たないGoogleという区別があったのだが、今回の試みはYouTube独自のコンテンツだと思う人も多いかもしれない。

 しかし、おそらくそれは違って、Googleは、そんなつもりはなくって、これは、これまで「需要があったにも関わらず、実現していなかったコミュニケーション」を可能にし、可視化+検索可能にした、というつもりなのだろう。

 「伝説」として、あまりにもユーザー達から遠く切り離されてしまったスター達にも、自分のファンと直接触れ合う場所は欲しいと思うし、ファンだってこれまで夢の中でしか会話できなかったスターと動画経由とはいえ半直接対話ができるならうれしいはずだ。
 この「対話」が実現すれば、そのスターを取り囲むコミュニティーの文化とか、オーラとかそういったものが、時代を超えて残すことができるかもしれない。


(これも....対話!?)


2.存在アーカイビング

 今は亡き、昔のアーティスト達の作品。プロモーションビデオでみると、その人の作品はわかるけれど、ライブの映像を見ると、その人のファンのコミュニティーというのがどんなもので、どんな熱狂ぶりだったかがよくわかる(例えばDeep Purpleの『Deep Purple & Royal Philharmonic Orchestra』のビデオなんかをみると、前の方で黒人のファンが完全に陶酔しきって踊っている姿なんかが見えて、それがまたそれで当時の「Deep Purple」っていうのが、どんなバンドか見えておもしろい)。
 
 スターの側から一方的に発信する情報だけでも、ある程度、その人となりはわかるが、周りのコミュニティーの文化がわかることで、より「輪郭」がハッキリするように思うのは私だけではないだろう。

 この話と、1つ前の記事で書いた「手技」や「思考のプロセス」の記録って、決して無関係ではなく、おそらくこれらの話に、最近、流行の「ライフログ」も絡めて、人間の「存在アーカイビング」が少しずつ可能になってくるのかもしれない。

 それにしても、YouTubeのリジェンドシリーズ、次はどんなリジェンドが登場するのか楽しみでならない!

3.ユビキタス・リジェンド

 そうそう、今回の発表で、もう1つ忘れてはならないのが、実はこのキラーコンテンツともいえる凄いコンテンツが、ドコモの携帯を使って、あるいはさらに高画質を臨むならiPhoneやiPod touch(+WMWifiRouter)を使って、いつでもどこでも楽しめるというのだからすごい時代だ。
 電車の中で、「リジェンド」の「今日のコンテンツ」なんていうのが当たり前になるのかもしれない(リビングでApple TVを使ってハイビジョンで、リジェンドの挨拶っていうのも悪くないけれど...)

4.Google(and Apple) will get you in the end!

YouTubeといえば、最近、の著作権管理団体「ジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)」との提携を発表したけれど、これも重要な発表だ。

ミスチルの曲を歌ってもOK--YouTube、国内の音楽著作権管理団体「JRC」と契約
YouTubeとJRCが音楽著作権の包括利用許諾契約を締結
YouTubeに初の音楽著作権包括許諾・JRC スピッツやラルクもOK

このJRCのように「文化」が広まっていく(より多くの人にという意味+より多彩な方法での意味)勢いを重視する著作権管理団体がいる一方で、文化の広まりを今いる場所に引き戻しつづけることをよしとする著作権団体もいる。

私みたいな前者のファンは、Google/YouTubeのこういう発表を聞くと「いいぞ!」と思ってしまう。
後述の新刊の中で「アップルとグーグル」は結局、どんなに大変でも本質的な解決方法を実践する、といったことを書いたけれど、これなんかもまさにその例だと思う。

 多くのコンテンツサービスは「ことなかれ主義」的に、後者の著作権団体を納得させる方向ばかりに気を使ってしまうわけだけれど、Google/YouTubeみたいな大きくて力もあるところが、「道は、考え方はそれだけではない」ということを率先して示してくれるのは、非常に勇気づけられることだと思う。「環境へのとりくみ」ばかりではなく、こういうのだって重要なCSR(Corporate Social Responsibility)だし、Noblesse Obligeなんじゃないだろうか...

なお、今回の発表内容は、新刊「アップルとグーグル」では、さすがにとりあげることができなかったが、この当たりは10日のイベントでフォローアップしましょうね>小川さん

10日のイベントの情報はこちらから:
Web Business Shuffle2.0
Nobuyuki Hayashi:ITジャーナリスト
HIRO ogawa : MODIPHI, Inc.
開催日時 :2008年4月10日(木)
開演時間 :18時30分
受付開始時間: 18:00
終了時間 :20時30分
場所 :アップルストア銀座
料金 :無料
定員 :80名


アップルとグーグル 日本に迫るネット革命の覇者
アップルとグーグル 日本に迫るネット革命の覇者小川 浩 林 信行


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(P.S.なんで、自分の本にアフィリエイト?と思った、チェックの厳しいnobilog2読者はこちらの下の方を参照:Google謹製の紙飛行機(期間限定!?)

4月 5, 2008 Audio Visual, Google, copy-right or wrong!?, iPhone, iPod, innovation, opinion, パソコン・インターネット, 文化・芸術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.02

次の刺激を生み出す「いい刺激」

先週はいろいろといいことが続いたが、まずはその1つ目。
3月の未踏ツアーの記事を作成する関係で、古川享さんのオフィスを訪問しました。
私が撮った写真は汚くて使えないものが多いので、フォトグラファー古川さんに頼ろうとしたわけです。

(これは一応、私が撮った写真)

未踏ツアー中、ほぼずっと古川さんと一緒でした。しかし、私はせっかくの機会なので、参加している未踏のエンジニアにもっと話をして欲しいと一歩ひいていることが多かったのです。
 ただ1度だけ、カフェで2人きりの時間があったが、あの時は実は風邪で相当参っていて、あまり声も出ませんでした。

訪問時、忙しい古川さんの手間を取らせては行けないと、いろいろ用意はして行ったのですが、古川さんはさらに用意が周到で「はい、選んだ写真はこのUSBメモリに入っているので、今度、返してね」とやさしく手を差し出します。
予想外の展開で少し時間があまったので、古川さんの眺めのいいオフィスで、少しだけ話をさせてもらいました。

そもそも未踏の用事で伺ったので、まず話題に出たのは「未踏」についてでした。

このブログでもさんざん紹介している「TypeTrace」は、実は2006年に「未踏ソフトウェア事業」で採択されスーパークリエイターの称号を受けた作品でもあります。
そこで古川さんにTypeTraceがどんなソフトか、そしてdividualの2人が、このソフトで、どう世界を変えようとしているのかを話しました。

 「文章を鉛筆や筆で書いていた時代の作家には生原稿、というものがあります。でも、デジタルの時代になってからは、誰が書いた文章も同じデジタルの文字データ。そんな時代に筆者の思考の痕跡の部分を残そうとしているのが彼ら...」

 そう、言うまでもなく古川さんはTypeTraceの本質を掴んでいました。

 「いやー、それを聞いて思い出したのは、坂本龍一教授の〜〜というコンサート」
 坂本龍一さんがMIDIピアノを使っていたので、どうせならそのMIDIデータをインターネット中継して、音だけならすのではなく、そのピアノの鍵盤を動かして、あたかも、そこに透明人間坂本さんがいて本当にピアノを弾いているような状況を再現すること。それをやってみたらおもしろくて、アーティストの日比野克彦さんが坂本さんのピアノの横で寝てみたり、透明人間の坂本さんと一緒に連弾をしてみたり...」
 今、探してみたら、この話ちゃんと古川さんのブログにも書かれていました:

古川 享 ブログ:坂本龍一さんのコンサートに行ってきました

 dividualの2人がやろうとしているのも、まさにこれだと思います。
 

実際、2人によればTypeTraceプロジェクトはそもそもKinetic Keyboardのプロジェクトから始まったといいます。Kinetic Keyboardとは、TypeTrace連動型のHappy Hacking Keyboardを改造したキーボードなのですが、Type Traceによる文字入力の記録をそのまま再現できるキーボード。つまり、記録情報に応じてキーが自動的に打鍵されるのです。

 2月まで、東京都写真美術館で開催されていた「文学の触角展」に出展されたン《タイプトレース道〜舞城王太郎之巻》という作品は、まさにこのTypeTrace+Kinetic Keyboardを使って、ある意味、本当に存在するのかも、存在したとしても男なのかも女なのかもわからない覆面作家の舞城王太郎さんを透明人間として出現させる試みをしていました。

TypeTrace

 毎日、舞城さんから送られてくるTypeTrace形式の生原稿が書かれる様子を再生することによって、そこに舞城氏が意思と思考だけの透明人間として現れ、それをソファに腰掛けながら堪能するという作品。

 その話をしたら古川さんも盛り上がって、これからは思考や技の記録の時代かもしれない、という話になりました。
 古川さんによれば、文楽(人形浄瑠璃)の技をデジタルアーカイブしようといった試みもあったようです。これかな?
 手術などの医療技術の情報の記録もたまに話題になりますし、これからは人間の能力の再現もそうですが、まずはその前に記録/アーカイブ化が重要になってくるんじゃないでしょうか?
 そういわれてみれば、指圧などの技術の遠隔伝達や記録も度々、話題になるし、実際にいくつかのメーカーが研究も行っているみたいだし...

 この話をしている間、古川さんも脳のシナップスがつながりまくっていたようで、「そしたら、手術の失敗例とかを統計的に分析して、成功の確率をあげるようにできる云々」と、そっちの方に想像が膨らんでいたようですし、私は私で偉人達の存在感をいかにして、次の世代に残すかという方向に想像が膨らんでいってとまらなくなってしまいました。

 (たしか)つきあい始めた頃の、ジョンとヨーコが、よく自分らのアイディアのトッピングを始めると、止まらなくなるというようなことを言っていましたが、本当にこういう興奮状態に入ると、楽しいし、気持ちいいですよね。

 昔、MACWORLDで講演をしたステファン・ホーキング博士は、「生物はそもそもDNAを交換しあって進化をしてきたが、我々、人間は情報を交換しあって進化する」といっていたけれど、まさにその通りだと思います。
 でも、これがただ「情報」を左から右に流すだけだと、何も気持ちよさもなくて、大した変化も起きないけれど、ここに心地よい刺激が加わると、そこから一気に何かすごいものが生まれるきっかけになるような気がします。

 いいアイディアが次のアイディアを生み出し、それが基盤となってさらにすごいアイディアが次々と...
 実は、このときの脳の状態も、いつでも記録しておいて、スイッチ1つで再現できると、本当はすごくありがたいような気がします。

 あっという間に過ぎた20分ほどでしたが、他にも共々、1週間のテレビ番組をまるまる録画するSpider Proの話や、感銘を受けたComputer History Museumの日本版をつくりたい、という話でも盛り上がりました。
 この話は、新しくできた慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科のパーティーのときに、古川さんや出版社系の人で盛り上がっていた話題。これまでにも何度か話題にあがっては実現せずにいますが、ぜひ本当に実現させたいところです。

 ちょっと前のエントリーで、「and up」の'50-'60年代のラジオを見ていると、発想力が豊かで、作り手がラジオという製品を通して、さまざまなライフスタイルのシーンを想像して、それを提案していた、といったことを書きました(ちなみに「and up」の話も坂本龍一さんにつながりますね。。坂本さん、かなり前に一度、MACWORLD EXPOで見かけたことがあるけど、今度、じっくり話してみたいです。Creative Commonsの話も含めて)。
 8ビット時代のパソコンにも、それと近いものがありました。音楽パソコンを提案した製品もあれば、テレビとの融合を目指した製品もあったし、究極のゲーム機を目指したパソコンもありました。
 そういった、なんの束縛も受けない自由な発想が、製品の形や仕様を通してにじみ出ていた。
 あの時代のパワーって、なんだか、今ものすごく必要とされている気がします。
 パソコンって言うのは、だいたいこんなような形で、こんな仕様で、とにかく安いのか速いのがうれているんだ、というコモディティ化に陥りつつある今の世界で...

 さて、冒頭でいいことがいくつかあったと書いたけれど、最近は時間の経つのが早くてなかなか思い出せないのですが、あまり花見らしい場所に花見をしに行く時間がなかったのですが、記事用に桜の写真が欲しかったので、田園調布の駅に桜を撮りに行きました。
 パーっと並んでいる桜もいいけれど、建物や並木道にまぎれてポツポツと個性豊かな桜が顔を出すのもなかなか良いものです。

printemps de denenchofu

 で、駅前のロータリーから駅校舎もいれて写真を撮っていると、なんだか2階の窓から、カメラを持って外を覗いている人がいます。
 「え!?中入れるの?」
 おそるおそる建物に近づくと、同じようにして近づいてきた人達がいたので、その人達と一緒にグレーの扉の向こうにある階段を登ると...
 「いやー、いつもはここは開放していないのですが、今日は特別にここで町内会を開くことになって使っていました。滅多に入れることはないですが、特別で...どうぞどうぞ...」と中へ勧められて、町内会関係者でもないのに、他の方、3〜4人と一緒にパシャパシャ写真を撮ってきました。

Printemps de Denenchofuprintemps de denenchofu

 ちなみに部屋の中は普通の会議室のようでした。
printemps de denenchofu

 せっかくのいい経験を他人とも共有するーー町内会の方々が示してくれた態度は、まさに私の仕事の原点でもあります。古川さんとの話が、今度はdividualの2人や、その他の方に新たな刺激を与えてくれるのではないかと思って、この記事を書きました。

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絶版だけれど、こちらも好きな本:
宇宙の中の生命


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田園調布駅の歴史:
田園調布床や談義

4月 2, 2008 opinion | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.03.21

夢を描く力

帰国後も風邪を治す間がなく悪化している。昨日は丸一日、一歩も家からで図静養したが、まだ本調子ではない(体力つけないと、本当にマズイ)。

火曜日のセミナーはなんとか乗り切れたけれど、よく考えたら来週も講演が...

『ユーザーインタフェース(UI)新潮流』
〜携帯・スマートフォン・カーナビ・PND市場へのインパクト〜

なんとか、それまでには声を取り戻そう!

Computer History Museum
[ENIAC]


さて、そんな中、突然だがイベントのお知らせ(ただし、先約があり私は参加できず)。

最近、オライリー社から発売された『CORE MEMORY - ヴィンテージコンピュータの美』という本の出版記念トーク。開催は今夜!

■「ヴィンテージコンピュータの美を語る」
『CORE MEMORY - ヴィンテージコンピュータの美』出版記念 トーク
マーク・リチャーズ(写真家) × ジョン・ア ル ダーマン(編集者)
通訳:鴨澤 眞夫(翻訳家)

●2008年3月21日(金)18:30開 場  19:00開演
会場:ジュンク堂書店 新宿店8F喫茶 
入場料:1,000円(1ドリンク付き) 定員40名
●お申込:ジュンク堂書店新宿店7Fカウンター 
お電話(03-5363-1300)でもご予約を承ります。

この「CORE MEMORY」、ヴィンテージというより、前パソコン時代のコンピューターを中心としたコンピューターの写真集。初期の特撮版バットマンに登場しそうな大型コンピューターの中に潜む「美」を驚くほどきれいな写真で描き出している。

Core Memory ―ヴィンテージコンピュータの美
Core Memory ―ヴィンテージコンピュータの美John Alderman Mark Richards 鴨澤 眞夫


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実は先週、古川さんがアップル増井さん宅を訪問するときにプレゼントしているのを目撃した(ということは古川さん自身もこの本を気に入って持っているはず!?)。

この写真集を見た後、IPA未踏ツアーで、「The Computer History Museum」を訪問する機会があったので、大感激をした。そして自分でも、この写真集に挑戦とばかりに何枚か写真を撮ってきた。


ほとんどの、コンピューターはグレーでボタンだらけなんだけれど、その中に、たまにこんなコンピューターがあると、「これは'70年代のiMac?」とか思ってしまう。

Computer History Museum

Museumに飾ってあったコンピューターの中でも、とびきり好きなのが、
高級デパートのNieman Marcusがつくったというこちらの「The Kitchen Computer」。

Computer History Museum
Computer History Museum
Computer History Museum

1969年につくられたもので、価格は1万600ドル。レシピを記録したり、表示したりするコンピュータということだけれど、スイッチと2進数表示のライトしかない。
これでどうやってレシピを管理するのか、ちょっと疑問に思うところもあるけれど、それでも、とにかく新しいライフスタイルを誰よりも早く提案しようとした姿勢を高く評価したい。

実は私がこのコンピューターを見て思い出したのが、telefunken社のピクニック用ラジオだ。

雑誌「Pen」の特集執筆に備えて、and upを久しぶりに訪れたところ、パっと目に飛び込んできたのがtelefunken社のピンク色の手提げのついたなんともかわいらしい真空管ラジオだった。

石井店長に聞くと、どうやらピクニック用につくられたものだといわれて感銘を受けた。


photo.jpg


改めて「and up」に置かれたアンティークラジオの数々を見渡してみると、
その1つ1つが、アナログライフスタイルあるいは「音楽のある生活」に対する提案であることに気がついた。

暖炉のようにリビングの中央に置いて、みんなで囲んで楽しめる大型ラジオ。
リビングの隅から、主張控えめでクリアな音を届けるラジオ。
家具との一体化を目指したようなB&O社のラジオ。
ピクニック用のラジオ、LPの収納スペースがあるレコードプレーヤー。

今や音楽ライフスタイルと言えばiPod一色になりつつあるが、
そもそも音楽はどうやって聴かなければいけないなんていうルールはなく、
メーカーが、そしてユーザーが自由な発想で決めることができるものだ。
たまたま、今は、アップルが一番想像力が豊かで、多くの人に夢を与える音楽ライフスタイルを提示しているだけに過ぎない。

これと同様に、コンピューターだって、どんな形でなければならない、という決まりもなければ、
どんな使い方をしなければならない、なんていう決まりもない。
Windowsだ、Mac OSだ、生産性ツールだ、メディアプレイヤーだというのは、
たかだか、30年ほどの歴史の中で、なんとなく人気が強かった使われ方の一例に過ぎない。
なのに、多くのメーカーが、この一例ばかりにとらわれ過ぎて、自由な発想でコンピューターをつくれなくなっている。
これこそが、最近のコンピューターがつまらない最大の原因ではないだろうか。

そう考えると8ビットの時代のパソコンはおもしろかった。
玩具メーカーがつくっているパソコンもあったし、
楽器/オーディオ機器メーカーがつくっているパソコンもあった。
形にも、色にも、OSにも、性能にも、付属アプリケーションにも大きなバリエーションがあった。

このように、明日のライフスタイル、明日の夢を描く力が、
最近のモノヅクリには少し欠けているんじゃないかと思う。

何もなかった時代と違って、既にモノが溢れ過ぎているから自由な発想がしにくい、
というのは理解できるけれど、あまり周りのものを意識せずに
我が道を進む力がこれからは重要なんじゃないだろうか。

実はそういう発想のものづくりをするためにも、
同じ仕事のルーチンの中に閉じこもっていないで、
もっと企画者やエンジニアも「Life」を楽しまないといけないとも思う。
消費者は楽しいモノ、夢のあるモノを求めているはず。
蛍光灯の下に1日座っていては、そうしたものは生み出せない。

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Core Memory ―ヴィンテージコンピュータの美John Alderman Mark Richards 鴨澤 眞夫


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3月 21, 2008 opinion | | コメント (2) | トラックバック (3)

2008.03.12

失敗に学べ

Stanford University
未踏海外遠征1日目が終わり、ascii.jpに最初のレポート記事をあげた(ほとんど徹夜だー泣)。

IT再生の「のろし」を上げよ!──シリコンバレーに切り込んだ八人の侍

レポートにある通り、1日目はスタンフォード大学にて、
古川享さん外村仁さん、そして日本語も流暢なスタンフォード大学工学部のリチャード・ダッシャー博士の講演を聞いた。

どの講演も本当に素晴らしかった。

みんな、バラバラのことをいっているようで、
実は共通している部分をいっている部分もかなり多い。

こちらの記事でも書いたが、同じことを異なる視点で聞き直すのは非常に重要なことだと思っている。
違う視点の意見を1つ聞くたびに、ボヤけたものの輪郭が少しずつ浮かび上がってくる。

今日の話の中で、1つ重要だったのが「失敗」をどう捉えるか。

外村氏が「失敗」をしてもやり直すチャンスがある、という話をしたが、
その後、ダッシャー氏がそれを補足するように、
「それは失敗を受け入れているのではなく、失敗を分析しているからだ」と語っていた。

Foo Camp

昨年、参加したFoo Campでは印象に残っているセッションがいくつかあるが、
その1つが「失敗自慢」のセッションだった。

 ITニュースサイトを賑わしていた人気のベンチャー、注目ベンチャー達の人々が集まって、
過去のベンチャーでどんな失敗をしたかを語り合い、ホワイトボードに、どういう原因での失敗が多いかの統計がまとめられた。
 その模様の一部はこのブログの右側にあるStickamから再生可能なはずなので、誰かやりかたがわかった方は、ぜひ他の人のためにコメント欄に!(時間がないので他力本願)
 あれは日経アソシエだったか、やはり雑誌の中程に、有名人が失敗談を語るコーナーがある。好きな記事のひとつだ。

 よく考えてみたら、失敗を経験していない人よりも、失敗を経験した人の方が、経験も豊富だし、注意深くなっているし、投資対象としても、信頼がおけそうなものなのに、日本の失敗してしまった悪者が、無情にも殺されるガッチャマンやら仮面ライダーでも見過ぎてしまったのだろうか。

 失敗の烙印を押されたものを救済しない。
 だから、冒険もしないし、みんながことなかれ主義になるし、どんどん消極的になって殻に閉じこもっていってしまう。

 今回の未踏の海外進出は、参加者達だけのためのものではない。
 私のレポートや、参加者達のブログを通して、ぜひ、日本にいる他の方々にもライブで、いろいろ感じ、考え、学んで欲しい。

 私のブログは、未踏の話かと思っていたら、急にFoo Campの話がでてきたり、話があっちにいったり、こっちにいたり。でも、それが私なりのコンテクストでの理解というものであり、私だからこそ書ける記事だと思っている。
 世の中の記事は多かれ少なかれそういうところがあり、純度100%の水というものが存在しないように、純度100%のレポートというものも想像しない。
 だからこそ、同じ話のいろいろなバージョンを聞くことによって、世の中の輪郭がつかめてくる。
 多様性が大事というのは、要するにそういうことではないだろうか。

 失敗を分析する場合も、できる限り、多様な失敗談に耳を傾け学ぶのが理想だ。
 そう考えると、Foo Campのあのセッションは素晴らしい場に思えてならない。

 「俺はこんな失敗も、こんな失敗も経験した。だから強いんだ」と失敗自慢できるような日本に少しずつ変わっていけばと思う。

3月 12, 2008 opinion | | コメント (0) | トラックバック (4)

2008.02.24

直感力こそ大事

Japanese Garden@Ohori Park
月曜日、九州大学で行った学生向けセミナーで、外村仁さんが非常に重要なことを言っていた。

「直感力を大事にしろ」

こういうことを言うと「当てずっぽうということですか?」とか「そんないいかげんな!」という人がいるという。だが、実際、最後にモノを言うのは、この直感力ではないだろか。

私の知る人で、この直感力が鋭い人と言えば外村さんもそうだが、
元アップルの前刀さんもスゴい。
例えば彼が昔いた某メーカーの新製品なんかについて意見を求めると、すぐに「あ、あれはいいね」とか「いや、あれはダメでしょう」といった答えが返ってくる。

 返答があまりに早いので、適当に答えているのかな?と思うと、「〜〜の部分のつくりがしっかりしている」とか「あれはきっと製品イメージをよくしようとして、初期のロットはかなり部品もいいものを使っているんだろう」といったことをスラスラと答える。そして、それを聞いているそのメーカーの人が「その通り」となる。
メーカー品だけに限らず、ちょっと野生の勘のようなものを感じることがある。

それに例のあの人、スティーブ・ジョブズが、まさにこの直感の人である。
 Mac OSチームに古くからいるエンジニアの友人も「言われて悔しいこともあるけれど、確かに彼の直感の通りにすると、なるほどそれが正しい、と思わされることが多い」と語っていた。
 最近の著書でも書いた開発中の部屋にズカズカズカっとジョブズが入ってきて「このボタンをもう少し大きくして真ん中に置いた方がいい」と言われた人物だ。


以前、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)がApple Store Ginzaで「知デリ」というイベントを開催した。
某雑誌でレポートする予定が、新製品のニュースで流れてしまった。
ただし、このセミナーの内容は、非常におもしろく今でも深く記憶に残っている。
特に京都大学大学院理学研究科教授でゴリラの研究をしている山極寿一さんのお話は、ぜひまたお聞きしたい。

セッションが終わった後、どういうコンテクストだか忘れたが、ゴリラにとって「善悪」、「好き嫌い」それから何かもう1つの中では、どれが一番反応が早いかと聞かれた。答えは「好き嫌い」だという。何故なら「好き嫌い」は直感であって、頭で理由を考えたりする必要もないからだ。
直感というのは、DNAに組み込まれた記憶だったり、過去の積み重ねられたリアルの経験から生み出されてくるのではないだろうかと思っている。

 ある程度、世の中の摂理や法則も、ある程度、リアルの経験を重ねていくと、脳だか体だかの細胞に、それに対する反応のプログラムが組み込まれていき、そこから直感力が生まれてくるんじゃないか。

ただ、そう考えると、ちょっと絶望的な気分にもなってくる。
日本での教育というと、この21世紀になっても、未だに対受験戦争の詰め込み教育なのだ。

 教科書に書かれた図と文章だけで、多角形の内角の和が何度とか、高気圧から低気圧に向かって風が流れるとか、そういうことを教えようとしている。

 子供たちに真剣に学んでもらおうと考えているカリキュラムなら、実際に紙とハサミで多角形をつくらせ、それをバラバラに分解して角を集めて「ホラ、何度」とやってみたり、
実際に高気圧と低気圧をつくりだして、空気の流れを可視化するとか、そういった教育をしていることだろう。

 でも、この国ではそうした本質を見誤って、日本という狭い社会で、それも1〜2回限りしか通用しない受験というくだらないもののために、相変わらず、くだらない詰め込み教育をしている。

 受験、詰め込み教育がくだらないという議論は、私が子供の時分からあったのに、この少子で学校が生徒を欲しがる時代になっても、まだ続いているのだから、この問題は相当に根が深い。

 政府もロクでもないと思うし、学歴でしか判断できない人事の人間もどうしようもないと思う。
 ただただ与えられたカリキュラムをこなすことが教育だと思っている教育者にも困ったものだし、「ことなかれ主義」で現場の教員の工夫の芽を摘もうとする学校運営者にも困ったものだ。
 それに、なんとか生き延びようと、あの手この手をつくす塾産業との癒着とかもあるのかもしれない。
 だが、もはやそんな連中が更生するのを待っている猶予はない。
 世界は着々と進化を続けていて、日本だけがそこからどんどん取り残され、すべてのコンテクストが変わった今でも昭和を引きずり続けている。
 もはや、政府だ官僚だは頼れない、と十分わかってもいいはずなのに、完全に思考停止をしていて、とりあえず教育費だけ払って後はお任せにしている親が多いのも大きな問題なのだろう。

 日本がそうした状態で停止している一方で、コロラド州の教育者や親達が発端になり、世界中の親が未来の教育について真剣にディスカッションを始めていることと比較すると、なんだか悲しくなってくる。

これは九大のセミナーでも見せた、有名な「Did You Know 2.0」のビデオだ。コロラド州の教育者達が、これからの教育のあり方を問うために、自主制作した:

 直感力を養うリアルに基づいた教育と言う点で言うと、このビデオも必見だ。

ご存知、「パーソナルコンピューター」という言葉の生みの親、アラン・ケイの生み出したコンピューティング環境、「Squeak」を使った教育方法を紹介したビデオだ。

日本でのSqueakの紹介のされ方は「子供でもプログラミングができるすごいパソコン言語」と、Squeakの言語としての凄さに注目したものが多いが、本当に注目すべきは、彼らがそれを使ってどういう教育をしようとしているかだ。

44分ほどあるビデオを全編みる余裕がない人は16分50秒の当たりから再生して欲しい。
ここから子供たちは重力の勉強をする。
ボールが屋上から落ちる様子をよく観察する。時分の目で、何度も確かめる。
その後、ビデオカメラで撮影した落下の様子を、みんなでもう1度、観察し、気がついたことを話し合う(19:40秒)。
つづいて、生徒達は、簡単にプログラミングができるSqueakを使って、ここでみた自然現象(つまり引力による加速)をプログラムを使って再現してみせるのだ。

リアルな体験ー>観察ー>話し合いー>咀嚼といったプロセスを経ることで、
教科書に「落下する物体は地球の引力によって加速する」とだけ書かれた文章を読まされるだけの子供とは異なる直感力が養われるような気がしてならない。

そして、もしそうだとしたら、これから先の日本にますます不安を覚えざる終えない。

発展途上国の政府を通して配られる予定の100ドルPCでは、Windows版もつくられているが、少なくとも現行バージョンにはSqueakが標準で搭載されており、OLPC本体と一緒にアラン・ケイの実験校で生み出されたカリキュラムが輸出される可能性もある。

日本よりもはるかに物価も安く、子供たちの人口も多く、はるかにリアルな体験の多い発展途上国の子供たちが育つ頃、果たして日本は「先進国」の座を維持できているのだろうか?

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2月 24, 2008 opinion, 文化・芸術, 経済・政治・国際 | | コメント (5) | トラックバック (1)

2008.02.22

教えることは学ぶこと。与えないことは教えること。

Oohori Park

 今週は外村仁さんと一緒に九州大学で講演をして以降、今朝の3時くらいまで、非常に濃密な時間が続いた。1日できるメールチェックも3〜4回が限度で、帰るとホテルのベッドに倒れ込む日々。実は今もまだ目の焦点がなかなかあわないくらい疲れている。

 「iPhoneショック」や「スティーブ・ジョブズ〜偉大なるクリエイティブ・ディレクターの軌跡」といった本のおかげで、最近は講演や紙、音、映像媒体に執筆以外の形で露出することも増えた。

 おそれ多くも講演をする機会も増えた。
 これまでいくつか行ってきた講演を通して、つくづく思うのが教えることは、教わることでもある
ということ。それも非常に多層的に自分のためになるのだ。

 まず、教えるためには、ある程度、自分の考えをまとめ、資料を集め、構成を組み立てなければならないので、自分の手元に重要な情報の山ができあがる。これだけでも非常に重要な資産だ。

 もし、あなたに興味はあるけれど、苦手なトピックがあれば、社内勉強会などで、あえて講演者を買って出るのもいいかもしれない。

 先日、取材しCNet Japanに記事を書いたデブサミで、あまのりょー氏が、社内勉強会や社内ライトニングトークについて、話していたが、これは非常にいい試みだと思う。同氏の会社では、ちゃんと予算枠も用意しているということだが、予算だけでなく、社員が講演用の下調べをする時間なども認めてあげるといいかもしれない。
 
10人のエンジニアが見せた開発者コミュニケーションの最前線--「コミュニケーション 2.0」:ニュース - CNET Japan

Mt.Fuji?

 講演を行うことの2次的なメリットは、聴衆の反応を見たり、質問を受けることで、さらに「なるほど、そういう視点もあったか」、「たしかに、そこは重要なポイントだ」といったことを学べることだ(そして次の講演で生かすことができる)。
 そして講演をすることによって、いろいろな方と出会い、交流が広まることも大きい。

 もし、上にあげたような社内勉強会での講演が実現できたら、社内の人だけを相手に行うのではなく、興味のある外部の人に公開してみるのも面白いかもしれない。


さて、話は全然変わるが、最近、いろいろなところで話にあがるのが、
ベンチャーに最初からたくさんのお金を与えるべきか否かの話。

 最近、アメリカでは、「最初からあまりお金を受けない方がいい」という考え方が主流派。
 その「こころ」は、以前に書いたTwitter創業者の話を読むとわかりやすい:
CNet Japan:ティム・オライリーとTwitter創業者が振り返る「失敗」つづきの道のり


伊藤穣一氏も、THE NEW CONTEXT CONFERENCEの2回目くらいから、熱心にそれを説いている。
そちらの講演の内容は、このCreative Commons公開されている本で読むことができる:

WEB2.0の未来 ザ・シェアリングエコノミー WEB2.0への道 3
WEB2.0の未来 ザ・シェアリングエコノミー WEB2.0への道 3伊藤 穰一 デジタルガレージグループ


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「iPhoneショック」の中で、日本のケータイづくりはキャリア主導なので、
メーカーが本来、気にするべき「ユーザー」に目を向けず、
どちらかといえば「キャリア」の方を向き、キャリアに気に入られる製品作りを考えてしてしまっていて、それが問題だ、と書いた。


それと同じ構図は日本の(政治の)そこかしこにある。

例えばNPOやNGOの扱いもしかりだ。
じっくり話しを見ると、本来の目指していた目的よりも
政府関連機関からもらえるお金をいかに引き出すかばかりに
目が向くようになところが増えていたりしてガッカリすることがある。

 
 そうではなく、いい仕事をすれば、ちゃんとそれを見つけてくれる企業がいて、
営利目的だったり、税金控除が目当てで、お金を投入する、という流れが、もっと活気づけばいいのだけれど...

何か政府系の人達が、アクションを起こすと、余計なところまで世話を焼きすぎて、
ものごとをダメにしてしまうことが多い気がする。

時には無駄に与えないことこそが、(そして、それによって苦労してもらうことこそが)
一番、多くを授けることにつながる、とも思うのだが...


でも、役人なのか、公務員なのか、政治家なのか、そういうことをぜんぜんわかっていない人が多すぎるような気がする。

最近では、「クールジャパン」というメッキがはがれ、日本が(特に日本の政治が)こういうことばかり、繰り返すダメな国ということが世界にバレ始めており、それが日本の経済にも深刻な影響を与えそうで心配だ。
 デブサミでは、サイボズウラボの秋元さんが、日本のクールな情報を発信している英語ブログをたくさん紹介してくれたが、実はその一方で、最近ではマスコミも伝えない日本のダメっぷりを世界に発信しているブログも多い。
 ブログが広まった今の世の中は、何か「嘘」とか「建前」のことをやっても、すぐにメッキがはがされてしまう時代。
 すべての人が、全力で、真剣に腹の底から話をして、行動をおこさなければならない時代に入りつつあるのに、未だに日本の政治は、どこか関係のないところで、まるで外の世界なんかないかのように空回りを続けている印象がある。


Japanese Garden@Ohori Park

寄付と言えば、「私はお金のために仕事をしているのではない」と主張するスティーブ・ジョブズが年間1ドルしか給料を受け取っていないのは有名な話だが、
それ以上にすごいのが、ブログも人気の元マイクロソフト社の古川享さんだ。伝記を出して欲しい日本人No.1だ(九大、坂本さんの奥様、いかがでしょう?)

マイクロソフト社入社前、アスキーに長い間、貢献してきた古川氏は、マイクロソフトに移る前に、アスキーにも十分、貢献したしと公開直前のアスキー株のオファーを受けるのだが、それを潔しとせずに断ってしまう(数十だか数百億円にはなったはずの株式だ)。

伊藤穣一さんが、よくクリエイティブコモンズの話をするときに言う「要するに、それが受け入れられるか、気持ちが悪いかという問題」だ。

私が気持ちが悪い問題と言えば、自著のアフィリエイトで儲けてしまうことには(他の人がやる分にはぜんぜん問題ないけれど、)自分がやることだけに関しては、なぜか気持ちが悪いものを感じてしまう。
 アメリカ人の友人に「本の印税よりもアフィリエイトの収入の方が大きいって本当か?」と聞かれて(それはおそらくアメリカだけの話)、「へ?」っと一瞬後悔したが(笑)。この記事でも、やはり、入れる気にはなれなかった。

 ところが困ったことにAmazonでは、他の本の紹介でamazonに行った人でも、つづけて私の本を購入してしまうと、その分のアフィリエイトが私に入ってしまう。

 こんな、あまり更新もしていないブログなので、たいした額ではなく、まだ数百円のレベルだが、これはいずれある程度、まとまったら好きなNPO/NGOの寄付に使わせてもらおうと思う。

 別に聖人ぶるつもりはなく、まさに「気持ち悪い」の問題。
 その証拠に、最後にはちゃっかりとセミナーの宣伝をさせてもらおう。

最後にちょっとだけ、来月の講演の宣伝です。
安くはないセミナーなので会社の「予算」で参加できる人限定で。

3月18日:~2008から2009年、携帯市場は激動する~
「iPhone+Androidの衝撃」にどう立ち向かうか?


P.S.中程の日本のメッキがハガれるという話では、池田信夫さんのブログの、この記事は読んでおきたい。「なぜ日本は失敗し続けるのか」。時折、論調が攻撃的過ぎたり、否定的過ぎたりするため、若手ブロガーの間では不人気な同氏のブログだが、私はたまに読めるこういう記事のためにRSS購読をしている。

2月 22, 2008 opinion | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.14

レビュー再考

080212_1650~0001.jpg
ここのところ、ブログをぜんぜん更新していないことからもわかるかもしれないが、仕事が遅れ睡眠不足の忙しい日々が続いている。
ただ、それは出版社や編集部も同じようで、先週書いたレビュー記事がようやくITmediaに掲載された。

賛否両論があるレビューになることはわかっていたので、
記事が掲載されたら即時、ブログでフォローしようと思っていたが、なかなか掲載されない。

なので、「今日も掲載されないだろう」と思っていた。
朝9時半のメールチェックが最後で、その後、夜中の12時過ぎまでインターネットに接続する機会がまったくなかった。夜中に帰宅して接続したら、いつのまにか記事が掲載されていて、案の定、話題になっていたので、本当は原稿を書かなければならないところ、ITmediaに迷惑をかけないように簡単にこちらでフォローをしておこうと思う。

MacBook Airから見える新しい風景


 このレビューを掲載したITmediaさんの勇気は賞賛したい。
 リード部分で「林信行氏がMacBook Airに対する思いを織り交ぜつつ、その思想的背景に迫る。」と書いた当たりに、編集者の間での「これをこのまま載せていいのか」というディスカッションがあったことが伺える。当たり前だろう。私も、載せられないなら載せられないで、かまわないとどこかで思っていた。

 この記事には、私自身の「レビュー不信」、「スペックシート(&ベンチマーク)文化不信」といった数年に及ぶいろいろな思いを反映したもので、レビューであってレビューではない。レビュー以外のメッセージもたくさん込めたつもりだ。

IMG_2519

最近、本を数冊書いたことで、やたらと丁寧に接してくださる人が大勢いる。
それはそれでうれしいが、「先生」などと呼ばれると、違和感を感じてしまう(*1)。
そして、あまのじゃくな私は逆に、何か正反対なイメージのcontroversialなことをやりたいと思ってしまう。そんな中、ITmediaさんにMacBook Airのレビューを頼まれた。
「めちゃくちゃ仕事が溜まっていて、受けられそうにないけれど、もし好きなように書かせてくれるなら」と言ってみたところOKをもらったので好きなように書かせてもらった。

IMG_2511

 この記事の原点は、5年ほど前、私がMACPOWERという雑誌に出していた企画に端を発するのだと思う。
 当時、同誌のアドバイザーで、企画会議にも参加していた私は「レビュー再考」という企画を出していた。この頃からパソコン雑誌は、昔成功した記事の焼き直しばかりになってしまっていて、ちょっとつまらなくなっていると思っていた。
 なので、何かそうではないもの。新しい文化を生み出すものや、自分たちが築いてきた土壌を、もう1度振り返る記事がやりたかった。

 昔のMACPOWERはBROWSE REVIEWとPOWER REVIEWという2つのレビュー記事で定評があったが、「レビュー再考」は、その目玉記事すらを、もう1度、考え直してみようと問題提起したいと企画したものだった。

 なぜかと言えば、ほとんどのレビュー記事は嘘ばかりだからだ。

 雑誌にしてもWebにしても、ブログにしても、そもそもレビュー記事というのは嘘だらけだと私は思っている。実際、自分でいくつものレビュー記事を書いていても、嘘だらけだと感じている部分が多かった。
 質が悪いのは、ベンチマークテストの結果など、数値化できるものを載せていると、いかにもそれが客観的で公平なレビューだと思わせてしまうことだ。
 しかし、数字は、その後の解釈次第でいくらでも操作ができてしまう。
 自分でも多くのレビュー記事を書き、その度に悩んできたこともあり、私はだんだんと「客観的」を装うレビューが、悪いことに思えてきた。
 例えばあるベンチマークテストで、機種Aの方が機種Bよりも20%速いという結果が出たとしても、「機種Aは、機種Bと比べて20%も速いという結果が出た」というか「これだけ価格差があるにも関わらず20%しか差が出なかった」と言うかで、製品の印象がぜんぜん違ってくる。

IMG_2445

 私は「この世の中には客観的なレビューは存在しない」と思っている。
 それだけに、下手に「客観風」を装うよりも、「おれはめちゃくちゃエコヒイキな人間で今から偏ったレビューを書く。そのかわり、他の誰も書いていないような視点も盛り込んでいるので、共鳴してくれた人だけ勝手に共鳴してくれ」という属人的なレビューの方が正直に思えてしまう。

 もし、「レビュー再考」の記事が実現していたら、私がその中で、理想のレビューの1つとしてあげようとしていたのが、多視点的レビューだ。
 つまり1つの製品を、視点の異なる大勢の人に触ってもらい、それぞれの視点で一言言ってしまうことだ。
 実際に一部のパソコン雑誌が、これを行っているが、これが素直な多視点的レビューになればいいが、予定調和的になるとおもしろくない。
 ただ、編集者という人間は、「この製品のレビュー、他の3人の方がいいこと書いているんで、〜〜さんは、ちょっと悪い点も指摘してくださいよ」といった具合に「調整」をしがちなものだ。
 こうなってしまうと、とたんに「嘘」が入ってしまい、おもしろくなくなる。
 
 実はこちらもITmediaで書かせてもらった記事だが、これは多視点的レビューを、思いっきり稚拙な方法で実現したものだ:
トップブロガーたちによる「新MacBook Pro」速攻&即興レビュー

 多視点的レビューの最終的な目的は、読者のうちの5%か10%くらいにヒットするかもしれない「視点」を届けることだ。
 あとは、その視点をどのような形でパッケージ化するかが問題で、客観的レビューを装ってパッケージ化する方法が一般的だろうが、上の記事で意見を求めた人は、圧倒的にMacユーザーが多くて、およそ客観性を演出できる状況ではなかった。
 そのため、ならばいっそ「お馬鹿な読み物」風に仕立てた方が読みやすいかな、と思ってあのような形にした。


Good morning San Francisco

 私はまた、世の中のすべての人に相応しい製品はないと思っているし、世の中のすべての人を満足させるレビューも存在しないと思っている。

 パソコンにめちゃくちゃ詳しい人と、初心者の人とでは「高い」、「安い」の判断基準も違えば、「速い」、「遅い」の基準も違う。

 ただ、その一方で、すべての読者は、すべての記事が自分のために書かれたものだと思い込んでいることも理科しいている。

 偏見に満ちた偏ったレビューの長所は、記事の内容に共鳴できなかった人は「何を言っているんだコイツ」と思って記事を読み飛ばしてくれることだと思っている。

 例えば雑誌であれば「バカバカしい」と言ってページをめくってくれる。
 ところが、Web媒体だとここが難しいところのようだ。Web媒体だと、熱心な読者、共鳴できない読者が、自分には相応しくなかった記事に対して、ソーシャルブックマークなどで細かくコメントを書いてくれる人が大勢いる。
 ただ、これがソーシャルブックマークのいいところで、「+」と思った記事でも、「ー」と思った記事でも、とりあえずブックマークが増えていけば、それだけ読む人も指数関数的に増えていくので、もしかしたら、これはこれでありがたいことだとも思っている。

 この記事を機会に、本当に時代が求めているレビューは何なのかの議論が活発かすればいいな、と思う。場合によっては複数のブログ間で「レビュー再考」の議論が行われれば、それはそれで私の本望だ。
 

the ship

 まだ寝る前に仕上げなければならない仕事があるので(@3:51am)、書き足りないことはたくさんあるけれど、ここで議論を打ち切りにしようと思う。

 ただ、今から3:55amまで、「レビュー再考」の記事で議題にしようと思っていたことを、箇条書きにするので、もし、ブログで取り上げてくださる方がいたら、ぜひとも以下の点についても考慮していただければと思う。
 そうそう、実は、この「レビュー再考」のもう1つの派生系として、MacPeopleという雑誌で行っていたbossa macという記事では、コード名「偏見レビュー」というのをやっていた。

 いわゆる属人レビューで、ややフェティッシュに近いレビュー記事だ。
 「このアプリケーションにはこんな特徴がある。それは普通の人にとっては、どうでもいいような細かいところだが、自分にとってはそこがツボだった。」というのを取り上げて、製品の全体的仕様も解説も一切なし、偏愛している機能についてだけ、徹底的に熱く語ってもらうというものだった。
 お気に入りの企画で、何回かの連載の中で、最新ソフトが必ずしもいいソフトではない(場合によって、人によっては、わざわざ新バージョンを買った後でも、旧バージョンを使い続けている、といった新たな価値観を提示できたと自負している。漫画家のいしかわじゅんさんにはご迷惑をおかけしてしまいました。スミマセン!でも、B型だから、もしかしたら忘れてくださっているかな?と都合のいい期待(笑) )。
 ここまで偏った書き方だと、さすがにどんな読者でもヒットしない人は読み飛ばしてくれたので、そういう意味では潔かった。
 今回のITmediaは、むしろ平々凡々な普通のレビュー記事(これから執筆)を先に掲載した後に、前編がくれば、もう少しおとなしい評価だったのかもしれないが、ついつい自分で長年の思いを果たしたくて、前編が先になったのが、失敗と言えば失敗であり、(ビューを稼げたという意味では)成功だったのかもしれない。

IMG_1220

議題にしたいトピック:
他にも、まだまだ議論すべきトピックがあると思います。
以下は、トピックとして書きたかったけれど、時間切れでちゃんと書けない項目。
箇条書きにしておきます:

ーXbenchのような専用ベンチソフトなのか、それともアプリケーションの動作でベンチをとるべきなのか
 専用ベンチソフトの○:アプリケーションベンチではわからないような、CPU、メモリ、ディスクといったハードウェア要素の個別性能を視覚化できる(ただし、その後の解釈は属人的)
 アプリケーションベンチの○:CPUが20%高速と言っても、普通の人には、それが得なのかどうなのかわからない。それよりは旧機種で10秒かかっていたPhotoshopのフィルタ処理が約半分の時間で処理できた。試行錯誤の回数が増え、作品の作り込みがしやすくなった、という「使用価値」の評価の方が、普通の人にとってはわかりやす

ー評者の個性を出すべきか、出さないべきか
 私の考え、レビューにしてもニュースにしても、客観的なものは一切ありえない。下手に「私の視点は客観的です」と装うよりも、「私の視点は偏見に満ちています。だから注意して読んでくださいね」というのを演出としても出した方が、総和では満足できる人が多いのではないか。
 また「嫌い」と「好き」がきっぱりわかれて「感情の振幅」は大きくとれるのではないか(書き手としては、印象に残らない記事よりは、その方がよっぽどうれしい)。

ー客観的レビューは本当にありえないのか?
 実は米国の雑誌、Consumer Reportなどのレビュー記事は、かなり客観的に思え、読んでいてもおもしろい。
 洗濯機にしても、掃除機にしても、テーマとしてとりあげた全製品に対して、半端ではない数の科学的な実験をやって、性能を評価している。
 例えば冷蔵庫にしても数十項目のテストを行っている。しかも、テスト手順もきっちりとルール化されており、記事中で、そのルールを公開している(つまり、そのルールに従って、記事に出ていない旧製品との比較もできる)。
 ここまでできれば、多少は「客観的」と唱ってもいいかなとも思える。
 ただし、すべての人が気になっているポイントをカバーしきれているとは思えないし、最終的にどんなテストを残すかは、やはり主観が働いてしまう。
 そして、残念ながら日本の出版社には、これだけのちゃんとしたレビューをするための予算や、人的リソースを持っているところはない。
 昔、米国のZDNetはZDNet Labsというのがあり、ここがルール化した方法でベンチを行っていた。
 日本でもいくつかの出版社が、これを目指したが、やはり無理だった。

ーいつだったか、このブログにも書いたが、いわゆるマスメディアのレビューには、レシピのようなものがある。
 製品写真がカップ2杯
 ベンチマークの結果が大さじ100g
 製品の特徴紹介が100g
 製品のいいところの紹介が大さじ1杯
 製品の悪い点の指摘が小さじ3杯

 媒体ごと、ライターごと、あるいは編集者ごとに、ピリ辛系だったり、甘口系だったりとさじ加減が違うので、数字はデタラメだが、なんとなく、レビュー記事をどれくらいのさじ加減で落ち着かせるかがだいたい決まっている。
 だが、最終的な製品の評価の部分は、最終的にライターの意向や媒体の意向でいくらでも変えることができてしまう。

ー MACPOWERから、さらに遡ること数年、昔、「HyperLib」というCD-ROM雑誌があった。
実はここで実現したかったのが、ビジュアルベンチという企画だった。
Macの新機種が出るたびに、読者の8割が持っているであろうアプリケーションの動作をビデオで撮っておき、ムービーデータベース化する、というものだ。
 ムービーで動作速度を確認した後、自分のマシンんで同じ操作をすれば、自分が持っているマシンとの比較ができる。
 ただ、ここでもどのような操作をすればいいのかや、OSのアップデートがあったら、その度にベンチを取り直すのかなどが議題になっていた(といっても、やろうといっていたのは元編集長の飯田氏と私の2人だけ。撮影やムービー化するにしても、この2人以外からの協力はえられそうになかった。途方もなく時間がかかる作業を、ほぼボランティアでやらなければならなさそうだったので、最後までできなかった。もし、あれが実現していたら、Mac IIviとMacBook Airの速度も比較できたのではと思うと、ちょっと悔しい(最後の議論では、製品が発表された直後のOSバージョンでムービー化するのが、一番、公平だろうというところで議論が落ち着いていたーー>個々のマシンは、おそらく出荷時点のOSに最適化されているから、という根拠)。


ーもし、世の中に客観的レビュー、最良のレビューの方程式があるのなら
すべての媒体のレビューが同じないようになってしまいかねない。


気がついたら4:12amを回っていたので、本当にここで打ち切ることにしよう。
ただし、もし、「レビュー再考」の議論が、他のブログでも行われるようになったら、technoratiで検索して、コメントを残しにいきたいと思っている(週末か来週の水曜日以降になってしまうかもしれないが。実は来週の月、火と福岡にある大学で講演を行ってくる。それまでにすべての原稿をしあげねばならず、この後もブログの更新は難しそうだ)。

*1)私の中での「先生」と呼ばれる人のイメージは、さんざん自分で売り込んでおいて、編集者に「それじゃあ、お願いします」と頼まれると「よし、それじゃあ、仕方がない。書いてやろう」と答え、ベンチマークテストはすべて編集者に取らせて、その結果だけを見て、うまく文章をつなぎ合わせている人といったイメージがある。もしかしたら、私がレビューを書くときには、なぜか自分で取るハメになっていたので、そのジェラシーかもしれないが。私は歳だけはとっていても、「先生」になったつもりも、なるつもりもあまりない。できれば、みんなで一緒に考える場や機会をつくっていきたい、というスタンスだ。
 雑誌にしても、Webにしても、ブログにしても、記事を読むという行為は、つまるところ、自分の内側にある考えや視点、共鳴を引き出すための行為に過ぎないと思っている。
 特に私は先生でもなんでもないので、書かれたことをすべて鵜呑みにしてしまわれると困る。もちろん、できる限りの事実は書くつもりだが、書いた内容をきっかけに、自分で考えてもらって初めて、何かが生まれるのだ。それは脳内のシナプスとシナプスの結びつきに似ている。


追記:
ーパソコンは道具となりつつある。筆記具としても使われ、楽器として使われ、電話として使われる
ーペンのレビューに「このペンのインクでは〜の成分が他社より○%多い」といったことが書かれるだろうか。おそらく、それよりは書き心地や、その裏にある思想、背景が語られるだろう

ー例えばアプリケーションベンチをする場合、1秒速い、2秒速いという指標をどう噛み砕くべきなのか>> おそらくテスト用のデータを配らないことには意味がない。
ー昔はExcelで複雑な計算をしただけでも、CPUによって数秒の差が出たが、今日ではそれが難しい。ワープロもしかり。そうなると結局、PhotoshopやFinal Cut Pro? レビュー対象のマシンが、それらのソフトのサポート対象外のばあいはどうすればいいのか。

2月 14, 2008 opinion | | コメント (7) | トラックバック (7)

2008.02.04

来週から「土日はしっかり休むぞ」宣言

Shipped

There is something 'on' the air.

仕事に追われ、雪化粧の街並を散策する余裕すらなかった。
何か大きなものを失った気がした。
そんな中、ちょっとだけうれしかったのは、MacBook AirAirでこちらに向かっているというApple Storeからのお便り。

どうやら今週後半からの取材は、荷物を大幅に減量できそうだ。

ich gehe zuruck nach japan

今年からは生活にメリハリをつけて、いい仕事をするためにも土日は仕事をしない。

そう、言い聞かせるもむなしく、目標の開始は2月からに延期され、
その2月の最初の土日もとてつもなく遅れている仕事にあけくれてしまった。
もっとも、ここで「3月から」なんて言い出したら、いつまで経っても実行できそうにないので、
次の土日こそは、堂々と「仕事をしない」を決め込みたいところ。

「月曜日の朝一」を〆切りにしてもらっていた仕事は
「火曜日の朝一」か「月曜日の夕方」に変えてもらい。

万が一、土日に仕事をすることになったら、
相手にも土日に仕事をさせてしまって申し訳ない気持ちを言葉にしようと思う。

実はそうでもしていかないと、ただただダラダラと大事な時間が消耗され、
結局、いいものも生み出せなくなる気がする。

多くの日本人が、ただただ勤勉に働き、人によっては財政的には豊かになっても、
生活の質、そのものはあまり豊かでない印象がある。

それよりも発展途上国の決してそれほど豊かではない家庭の人達の方が、
自分の時間も、友達との時間もしっかりと確保して、
充実した日々を過ごしているように見えるのは決して錯覚ではないだろう。

そもそも日本では、食べに行く、飲みにいく、デートする、遊園地といった
ややパッケージ化、マニュアル化されたものが中心で、娯楽が少ないというのも一因かもしれないが、
自分の時間をしっかり確保せず、会社のため、同僚のためにと仕事に追われているのも、
こうした事態を引き起こす諸悪の根源の一つのような気がする。

「仕事が終わったからといって、なんだか俺一人だけ先に帰るのも申し訳ないな」
という雰囲気が空気に漂っていて、その空気を読めてしまうがために、
仕事が終わってもダラダラと会社に居続ける。
いろいろな会社で、そんな光景をよく見かける。

仕事を終えても、達成感燃えられないので、
仕事に対するモチベーションもどんどん下がり悪循環が生まれる。

「金曜日に終わらなかったから、土日でなんとかしないと」という発想も
「金曜日に間に合わなかったから、月曜日で大丈夫なようになんとか調整しないと」
という発想に切り替える。

金曜日の仕事を終えたら「シャバット・シャローム」と言って(言わなくてもいいけど)、
休暇モードに自分を切り替える。
(※別にユダヤ教ではありません。上は半分、ジョークです)。

もちろん、取引先との力関係によっては、
「それではオタクとは仕事をしない」ということになるかもしれない。
そうならないためには、相手がどうしても自分と組みたくなるようないい仕事をすればいい(そしていい仕事には土日が必要だと相手に主張すればいい)。

そうはいっても、忙しい時期もあるし、「絶対しない」を通すことはできないだろう。
しかし、万が一、「土日仕事をしてしまった」場合には、
自分に対してなんらかのペナルティを与えるなどして、「それが当たり前」として
定着しないためのなんらかの工夫をしたいと思う。

「土日を休んだくらいで、世の中が急にうまくまわることはない」という人もいるだろう。

しかし、頭の中で「理想のカタチ」、「良循環のビジョン」を描いてみると、その中に「土日の仕事」は入っていないはずだ。

つまり、「土日を休んだくらいじゃ、状況は改善されないから土日も働く」ではなく、
「土日を休むということが、良循環を実現する上での、もっと実行しやすい最初のステップ」と
発想してもいいのではないだろうか。

 実は「iPhoneショック」で、紹介した元アップル社(現日本通信社)、福田尚久氏が語るアップル流のビジョン実現の方法は、何もモノヅクリに限定されたものではないと思う。


 実際、アカデミーヒルズに同書を置いてもらってから、アーティストのtakumi endoさん他、何人かのクリエイターの方からも「ヒントがあった」と言われた。ネタフルさんのブログでも、そのように紹介していただけてうれしかった。

 「iPhoneショック」では、すべてを描ききれてはいないかもしれないが、私がわかった範囲でアップル流のモノヅクリを紹介させてもらった。

 ところで、この本を読んで気に入ってくれた人には、ぜひ他にも読んでほしい書籍がある。

 ものごとを知るには、時として正反対のものを知った方が、知ろうとしていることの輪郭が浮き立ってハッキリと見えることが多い。

 成功しているモノヅクリのやり方を知った後に、知って欲しいのは、iPod以降、可哀想なくらいまでにアップルと比較されているソニーが、なぜダメになったかを紹介したこちらの書籍だ。

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 ソニー出身の現役コンサルタントが執筆した本だ。ソニー勤務の友人は少なくとも30人はいるが、少なくともその2人は「まさにこの本の通り」と太鼓判を押していた。

 実はこのブログ記事の冒頭でも触れた、「土日はしっかり休む宣言」は、この本の第1章にも強く触発された。

 「iPhoneショック」が電話メーカーだけのための本でないのと同様に、こちらの本も、他のメーカーの人達もぜひ読んでおくべき本だし、メーカー勤務以外の人にもぜひ読んでほしい本だ。
 私もまだ3分の1ほどを読んだだけだが、そこに出てくるソニーの悪いところ(例えば「内輪の倫理」)は、メーカーだけでなく、日本の腐敗した政治や官僚システムにも通じる日本の縮図だからだ。

 こうした古い体質から脱却できない日本の悪さを、さらに掘り下げたければ、こちらの一冊もなかなかおもしろそうだ(こちらも、まだ最初の章を読み上げたばかりだ)。

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そうやって、日本企業体質の問題点を深めた後で、清涼剤として読んで頂きたいのが、Mac業界ではあまりにも有名な大谷和利さんのこちらの著書。スティーブ・ジョブズ流のビジネススタイルを、「iPhoneショック」よりも、もう少し現場に近い視線で読み解いている。

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と、1時間、ブログ更新で気分転換したところで、仕事に戻ることにしよう。


土日が仕事で潰れたのは、悲しかったけれど、
最近、やっている仕事そのものは楽しい仕事が再び増えている。

先週の金曜日は、マイコミジャーナルデビューを果たた。
しかも、いきなり2つの記事で。

こちらの記事では、金曜日に行なわれたMicrosoft Office 2008発売開始イベントでのトークの模様が取材されレポートされた:
マイクロソフトが「Office 2008 for Mac」発売記念イベント開催

そして、こちらではマイコミジャーナルへの初めての記事執筆(速報だったので優先して進めさせてもらった):
ニューヨーク近代美術館のリニューアルを飾ったUBSコレクションが森美術館に


 アートにあまり興味がなかった人でも、親しみがもてるように、新しい発見があるように工夫したつもりだ。ぜひ、読んで見て欲しい。

ascii.jpからCNet、Computerworld.jp、 Hot Wired Japan、Impress Watch(家電WATCH)、 ITmedia、 ITpro、 nikkeibp.jp、 nikkei.co.jp、 r25.jp、Wired News(US)そしてZDNet Japanまで、節操なく記事を書いてきた私ですが、WebにIT系以外の記事を書くのは実は久しぶりのこと。
 それだけにちょっと気合いも入った。
 こういう楽しい仕事にしても、ウキウキすることって、いい気分転換になって、後の仕事のハズミにもなりますよね!

Apple Store(Japan)

2月 4, 2008 opinion, 日記 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.01.01

あけましておめでとうございます(2008年)

P1130330.JPG
皆さん、あけま